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2007年3月6日から〜の花言葉です。」(3月5日までは
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写真 提供
田代 雅靖 様(撮影)・・・河津町の河津桜
・・・
田代さんのブログヘ道草をどうぞ!。
| 3月6日 | 花言葉:親切、丁寧 | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1941年<64歳> 加瀬邦彦(歌手) 1948年<57歳> 宇都宮雅代(俳優) 1949年<56歳> 高橋真梨子(高橋まり)(歌手) 1951年<54歳> 田中健(俳優) 1962年<43歳> 柳沢慎吾(俳優, タレント) 1970年<35歳> 田口珠美(キャスター, 俳優) 1971年<34歳> 久松史奈(歌手) 1980年<25歳> 嘉門洋子(タレント) 1980年<25歳> 浮田久恵(タレント) 1984年<21歳> ベッキー(タレント) 1988年<17歳> 西田静香(歌手) シンガー、高橋真梨子誕生(1949〜)ドラマチックかつ真摯に恋を歌う“バラードの女王”
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はな:木立性ベゴニア![]()
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○世界一周記念日 ○スポーツ新聞の日 ○ジャンヌ・ダルクの日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 何を考えているかわからない人だと |
♯ヴェルディの歌劇「椿姫」初演1853ヴェネツィアにて。 | 今日の音楽的出来事 ♪
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| 3月7日 | 花言葉:感謝、後悔 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1956年<49歳> 岡まゆみ(俳優) 1957年<48歳> オール阪神(漫才師) 1957年<48歳> 柳家さん生(落語家) 1969年<36歳> 大塚真美(タレント) 1973年<32歳> 羽田惠理香(タレント) 1979年<26歳> 馬渕英里何(俳優) 1982年<23歳> 山川恵里佳(タレント) |
花:風鈴草(カンパニュラ)
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○消防記念日 ○東京消防庁開庁記念日 ○警察制度改正記念日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 失敗や後悔を引きずる人が多いようです。 |
モーリス・ラヴェル誕生(1875〜1937) フランスを代表する作曲家には、フランス人血が流れていなかった |
今日の音楽的出来事 ♪モーリス・ラベル生まれる1875〜1937 ドビュッシーと並んで、フランスを代表する作曲家として知られるモーリス・ラヴェル。スイス人の技師であった父とスペイン人の母のもと、スペイン国境に近いピレネー山ろくに生まれました。すぐにパリに移り、生涯をパリで過ごしたため、自分自身を「パリジャン」と呼び、つねにおしゃれな格好をしていました。 |
| 3月8日 | 花言葉:当惑 | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 ミスター・チルドレンの桜井和寿誕生(1970〜) 1922年<83歳> 水木しげる(漫画家) 1934年<71歳> 宮尾すすむ(司会者, レポーター) 1939年<66歳> 高木ブー(タレント) 1948年<57歳> 篠ひろ子(俳優) 1951年<54歳> 鮎川いずみ(俳優) 1956年<49歳> 佳那晃子(俳優) 1957年<48歳> 堀江美都子(声優, 歌手) 1959年<46歳> 桜樹ルイ(俳優) 1961年<44歳> 南麻衣子(タレント) 1962年<43歳> 青山美恵子(俳優) 1964年<41歳> 平松愛理(シンガーソングライター) 1976年<29歳> 青木伸輔(俳優) 1981年<24歳> 山崎裕太(タレント, 俳優) 1982年<23歳> 水野裕子(タレント) 1985年<20歳> 竹内実生(俳優, タレント) |
花:ニゲラ![]()
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○国際女性デー(International Women's
Day) ○ミツバチの日 ○エスカレーターの日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 明るくおおらかな性格。交友関係が広く、 |
1900年 フランスの旅行ガイドブック『ギド・ミシュラン』が創刊 1903年 東京・神田の万世橋が開通 1974年 パリの新しい国際空港、シャルル・ドゴール空港が開港 |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 3月9日 | 花言葉:犠牲 | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1948年<57歳> 来生えつこ(作詞家, 作家) 1958年<47歳> 未唯(MIE)(俳優, 歌手) 1960年<45歳> 斉藤祐子(斉藤ゆう子)(タレント) 1962年<43歳> 木梨憲武(タレント) 1972年<33歳> 上田祥子(タレント) 1973年<32歳> 西尾悦子(タレント) 1981年<24歳> 彩花(タレント) |
花:あせび![]()
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○記念切手記念日 ○関門国道トンネル開通記念日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 地に足が着いた堅実派。 |
御礼! S・O先生へ〜今日はお疲れ様でした。 本当に沢山の枚数を丁寧にお創り頂き、 素晴らしい出来栄えです。(芸術作品です。) 大切にまた有効に使わせていただきます。 山本さんにも届けました。 大変喜んでおりました。 生徒の山本初美さんもお蔭様で、 3月11日の納入の運びとなりました。 先生のご指導の賜物です。 重ねて御礼申し上げます。 「ありがとうございました!。」 橋渡。 |
今日の音楽的出来事 ♪ |
| 3月10日 | 花言葉:あなたは私の心に やすらぎを与える |
今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1922年 山下清(放浪画家)[1971年歿] 1926年 瀬戸わんや(漫才師[元])[1993年歿] 1928年 渥美清(俳優)[1996年歿] 1934年<71歳> 藤子不二雄A(漫画家) 1940年<65歳> 大空真弓(俳優) 1949年<56歳> 大門正明(俳優) 1951年<54歳> 芹洋子(歌手) 1960年<45歳> 熊谷真実(俳優) 1962年<43歳> 松田聖子(歌手) 1963年<42歳> 藤谷美和子(俳優) 1967年<38歳> 亀山房代(漫才師) 1969年<36歳> 森恵(俳優) 1971年<34歳> つぶやきシロー(お笑い芸人) 1972年<33歳> 藤井隆(タレント, 歌手) 1975年<30歳> 逸見愛(俳優) 1975年<30歳> 山田花子(タレント) 1981年<24歳> 杉浦太陽(俳優) |
花:ルピナス![]() あなたは私の心に やすらぎを与える
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○東京大空襲記念日 ○東京都平和の日 ○農山漁村婦人の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ おおらかでふところの深い性格。同姓にも異性にも信頼され、いつでも頼られて、自然にグループの中心になってしまいます。 |
宇多田ヒカルがファーストアルバム『First Love』を発売(1999)約6世帯に1枚という割合で売れた、驚異のメガ・ヒット ♯
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今日の音楽的出来事 ♪パブロ・サラサーテ誕生(1844〜1908) アレクサンドル・スクリャビン(1872〜1915) ラフマニノフと同級生です?道草をどうぞ! |
| 3月11日 | 花言葉:殊勝〜 殊勝(菖蒲の品種の名前)道草をどうぞ!。 |
今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1938年<67歳> 梅宮辰夫(俳優) 1951年<54歳> 松崎悦子(歌手) 1956年<49歳> 小宮孝泰(タレント, 俳優) 1958年<47歳> 織田哲郎(歌手, 作曲家) 1962年<43歳> 斉藤ルミ子(タレント) 1968年<37歳> 大沢たかお(俳優) 1972年<33歳> UA(歌手) 1974年<31歳> 奥山佳恵(俳優) |
花:11日:雪柳![]() |
○パンダ発見の日 1869(明治2)年、中国・四川省ムーピン(現在の宝興県)の民家で、伝道中のフランス人神父アーノルド・ダヴィトが、白と黒の奇妙な熊の毛皮を見せられました。これが、西洋でパンダが知られるきっかけとなりました。 ダヴィトはパンダのレプリカ標本をパリの自然歴史博物館に送り、その1年後の1870年に、研究を進めたミレー・エドワードが、Ailaropoda-mlanoleucaという学名をつけました。 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ |
「明日は小澤征爾さんの「タンホイザー」の ゲネプロのご招待を頂き、一番下の娘と家内と 家内の音大時代の友人とで行ってまいります。 きっと大がかりなゲネプロだと思います。 1922年:後藤勇吉が乗客3人を乗せて岐阜〜東京を飛行。日本初の旅客飛行。 1941年:アメリカで「武器貸与法」成立。アメリカの安全保障上必要な国へ武器を貸与(?今はどうなってるのでしょう?疑問ですね? 1984年:宮崎駿監督のアニメ映画 『風の谷のナウシカ』が封切り。 |
今日の音楽的出来事〜♯イタリアの作曲家、ヴィンチェンツォ・ベリーニのオペラ『カプレーティとモンテッキ』初演(1830) ♪作曲者ベリーニはロッシーニ、ドニゼッティと並ぶ19世紀前半イタリア3大オペラ作曲家の一人。33歳の短い生涯に『夢遊病の女』『清教徒』『ノルマ』など旋律美に満ちた数々の傑作を残しました。その息の長い流麗なメロディは、深い憂愁と情感を湛えて聴く人の胸を締めつけます。彼の音楽を愛してやまなかったショパンは、ベリーニの墓のそばに埋葬されたいと願い、ワーグナーも「私はベリーニに特別の偏愛を抱く。なぜなら、彼の音楽は強い真実の感情にあふれ、言葉と深く結びついているからだ」と賞賛を惜しまなかったそうです。
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| 3月12日 | 花言葉:あなたは幸福です。 わたしの苦痛をやわらげる。 |
今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1928年 花登筐(劇作家, 放送作家)[1983年歿] 1942年<63歳> 黒木憲(歌手) 1943年<62歳> 林家こん平(落語家) 1955年<50歳> 池波志乃(俳優) 1963年<42歳> 響野夏子(タレント) 1964年<41歳> 森永奈緒美(タレント) 1973年<32歳> 時田成美(俳優) 1979年<26歳> 勇静華(俳優) 1980年<25歳> 橋本光成(俳優) 1981年<24歳> 我那覇美奈(歌手) 1981年<24歳> 小野真弓(俳優) 1986年<19歳> 大塚ちひろ(俳優) |
花:れんげそう![]()
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○サイフの日 ○サンデーホリデーの日,半ドンの日 ○モスの日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 新しいもの好き。ヘアースタイルや |
アメリカのシンガーソングライター、ジェイムス・テイラー誕生(1948〜)
素朴で懐かしい楽曲で人々の心をつかんだ実力派 |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 3月13日 | 花言葉:貴方を愛します。真実。 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1940年<65歳> 鳥越俊太郎(ジャーナリスト) 1945年<60歳> 吉永小百合(俳優) 1956年<49歳> 佐野元春(歌手) 1958年<47歳> 田中義剛(タレント, 歌手) 1960年<45歳> コロッケ(タレント) 1965年<40歳> 鳥居かほり(藤井香織)(俳優) 1966年<39歳> 今田耕司(タレント) 1974年<31歳> 戸田菜穂(俳優) 1978年<27歳> 建みさと(俳優) 1980年<25歳> 清水琴美(タレント) 1981年<24歳> 奥山奈々(俳優) |
花:
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○サンドイッチデー ○青函トンネル開業記念日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ おとなしくて、 |
東京のオペラの森2007!! NOMORIイベント・ウィーク(3/1〜3/28上野公園エリア) というわけで、上野の森で音楽、芸術を楽しむイベント週間・・・なのです。 大がかりな実行委員会があるのですね。 その中の「タンホイザー」のゲネプロに行ってまいりました。 ありがとうございましたo(^-^)o。心より御礼を申し上げます。 2階はオーケストラボックスが、 全部見渡せてそれぞれの楽器の演奏者の準備の様子が 手に取るように分かりました。あのチューニングの、 いろんな楽器の音が混ざり合う心地よい騒がしさがなんとも、 わくわく感を増幅させてくれます。 小澤さんが3:20分頃微笑みながら(病気のためか一回り身体が 小さくなったように僕には映りました。)ウエルカムのジェスチャーをしながら 現れた瞬間、全てがシーンと静まり返った。 さあ!いよいよ開幕です。 指揮:小澤征爾 演出:ロバート・カーセン タンホイザー:ステファン・グールド エリーザベト:ムラーダ・フドレイ ヴェーヌス:ミシャエル・デ・ヤング/他 演奏:東京オペラの森管弦楽団 合唱:東京オペラの森合唱団 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 1幕・・・斬新なシーンから始まり・・・・・。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜続く・・・o(^-^)o。 今日は、大変お世話様でございました。 生の小澤征司さんにお会いできまして、 家内と娘と家内の音大時代の親友が、 とにかく大喜びでした。 もちろん僕の方もです。 |
今日の音楽的出来事 |
| 3月14日 | 花言葉:逆境の中の活力、親交、仲直り | 今日は何の日 | |||
今日生まれた有名人
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花:カモミール
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○ホワイトデー |
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| 今日生まれたあなたは・・・ とても洗練された趣味で、 |
バッハ、ヘンデルを凌ぐ人気作曲家は世渡り上手?! |
今日の音楽的出来事 ♪ドイツの作曲家、ゲオルク・フィリップ・テレマン誕生(1681〜1767) |
| 3月15日 | 花言葉:
謹厳、張り切る |
今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1931年<74歳> 山村正夫(推理小説家) 1932年<73歳> 平岩弓枝(小説家, 脚本家) 1934年<71歳> 正司照江(俳優, 漫才師) 1941年<64歳> 井上堯之(作曲家) 1963年<42歳> 肥後克広(お笑い芸人) 1969年<36歳> 武豊(騎手(中央競馬関西)) 1978年<27歳> 及川仲(タレント) 1979年<26歳> 井原由希(タレント) |
花:15日さんたんか![]()
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○靴の記念日 ○世界消費者権利デー ○万国博デー ○オリーブの日 □涅槃会 ○靴の記念日 ○世界消費者権利デー ○万国博デー ○オリーブの日 □涅槃会 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 情熱家で、 |
アメリカのギタリスト、ライ・クーダー誕生(1947〜)
ギターの名手にして古い音楽を蘇らせる“案内人” |
今日の音楽的出来事 ♪
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| ■ 和楽器の店情報ネット
更新日:2005/05/29(Sun) 20:22 [修正・削除] [管理者に通知] [MY Wahoo]追加 コマージャル |
| 東京都稲城市にある(株)タカハシミュージックプラザの運営している和楽器のネット販売部です。音楽で幸せを大きく広げましょう。理念として、音楽教室運営、楽器の修理、調律、販売、学校の音楽教育現場に日本の伝統ある和楽器、邦楽文化普及活動、和のもつ幽玄の花を咲かせるために、努力を惜しみません。 |
| 3月16日 | 花言葉:熱情 | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1923年 鳳啓助(漫才師)[1994年歿] 1930年<75歳> 高橋昌也(俳優) 1944年<61歳> 石田太郎(俳優, 声優) 1964年<41歳> 野々村俊恵(坂上とし恵)(タレント) 1965年<40歳> 鳥越マリ(俳優) 1967年<38歳> 小比類巻かほる(歌手) 1978年<27歳> 岡田薫(タレント) |
花:16日イースターカクタス![]()
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♯国立公園指定記念日 1934(昭和9)年、内務省が、瀬戸内海・雲仙(現在の雲仙天草)・霧島(現在の霧島屋久)の3か所を国立公園に指定し、日本初の国立公園が誕生しました。 国立公園はわが国の風景を代表する自然の景勝地で、環境大臣が指定した公園です。現在、28の国立公園が指定されています。 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 度胸がよくて、どんな場でも気後れしたり緊張したりしないほどです。人前での仕事、例えばリポーター、アドバイザー、イベント業などがむいています。ただし、ちょっと「仕切り屋」の面があるので気をつけてください。 |
サイモン&ガーファンクルの
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今日の音楽的出来事 ♪
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| 今日本では、“ゆず”や“19”などのフォーク・デュオが人気ですが、その元祖とも言えるのがサイモン&ガーファンクル(S&G)です。1941年10月13日生まれのポール・サイモンと、同年11月5日生まれのアート・ガーファンクルが初めて出会ったのは、同じ小学校で劇「不思議の国のアリス」に出たときのこと。ポールは白うさぎ、アートは猫の役でした。それ以来彼らは親友となって一緒に歌うようになります。そして16歳の夏休みに作ったデモ・レコードがレコード会社の目に留まり、「ヘイ・スクール・ガール」というシングルでデビュー。この曲は10万枚売れるスマッシュ・ヒットとなり、“トム&ジェリー”という彼らの芸名もそこそこ知られるようになりました。 しかし、大学進学にあたって厳格なアートの両親は学問の道を希望。音楽の道を選んだポールとは別々の学校に進みます。イギリスに渡ったポールは、各地のクラブで歌いながら放浪の旅を続け、自作曲を書き貯めていきます。63年、イギリスから戻ったポールは、ボブ・ディランのプロデューサーに才能を認められてアルバムを作る機会を得、アートを呼び寄せて“サイモン&ガーファンクル”としてのデビュー作『水曜の朝、午前3時』を64年7月にリリースします。しかし、時代はちょうどビートルズ旋風の最中。アコースティックなフォーク・アルバムは全く話題にもならず、失意のポールは再びイギリスに渡ります。 ところが彼らの知らないところで、状況は変わり始めていました。デビュー作に収められた「サウンド・オブ・サイレンス」の曲の良さに目をつけたあるプロデューサーが、オリジナル・テイクにエレキギターやドラムを重ねた別テイクを作り、シングルとして発売したのです。このエレキ版「サウンド・オブ・サイレンス」はじわじわとチャートを上昇、66年1月にはビートルズの「恋を抱きしめよう」と激しいトップ争いのすえ、ついにビルボードの1位に輝いたのです。 こうして一躍注目を集めたS&Gの人気は、68年の映画『卒業』のサントラ盤でさらにブレイク。ポールの書く美しいメロディ、深みのある歌詞、そして2人の絶妙なハーモニーは、ロック全盛期の喧噪に疲れた人々の心を優しく癒しました。その集大成となったのが、70年2月発売のアルバム『明日に架ける橋』です。タイトル曲が10週間もビルボード1位に輝いたのを始め、「コンドルは飛んでいく」「ボクサー」など、珠玉の名曲を収めたこのアルバムは、第13回グラミー賞でビートルズの『レット・イット・ビー』を抑えてベスト・レコード賞、最優秀アルバム賞など5部門を独占したのでした。 一方、映画俳優としての活動を本格化させたアートと、全ての楽曲を書いていたポールとのすれ違いが表面化したのも、このアルバムの制作を通してでした。ポールの書いた1曲がアートの気に入らず、ボツにされたこと。そして当初2番までだった「明日に架ける橋」に、アートの提案で無理に3番が書き加えられたこと…。こうして亀裂の生じた二人は、このアルバムを最後にS&Gとしての活動を停止。その後ポールはソロアーティストとして『ポール・サイモン』(72年)、『時の流れに』(75年)、『グレイスランド』(86年)などの傑作を発表、寡作ですが現在でもポップス界の重要なアーティストとしての地位を保っています。 さらに、時間が彼らの関係を修復したのか、81年9月にはS&Gとしてニューヨークのセントラル・パークに50万人を集めたコンサートを開き、82年5月、93年12月とS&Gとしての来日公演も実現。ファンをよろこばせました。 |
| 3月17日 | 花言葉:持続、耐久 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1908年<97歳> 服部正(作曲家) 1911年 松原操(歌手『十九の春』)[1984年歿] 1942年<63歳> 山本陽子(俳優) 1943年<62歳> 松尾嘉代(俳優) 1968年<37歳> 新田恵利(歌手, タレント) 1969年<36歳> SHIHO(タレント, 歌手) 1975年<30歳> 高田絵里子(タレント) 1977年<28歳> 伊崎充則(俳優) 1979年<26歳> h{`a}l(歌手) |
花:さんしゅゆ
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□彼岸の入り ○漫画週刊誌の日 □聖パトリックの祝日,緑の日 1950年 インドのネール首相が、米ソどちらの陣営に属さない「非同盟外交」を声明 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ マイペースののんびり型。 |
映画監督、ルキノ・ヴィスコンティ没(1906〜1976)
巨匠が死の間際まで追求した耽美世界の“聴きどころ” |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 3月18日 | 花言葉:清楚 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1944年 横山やすし(漫才師)[1996年歿] 1950年<55歳> 奥田瑛二(俳優) 1954年<51歳> 因幡晃(シンガーソングライター) 1955年<50歳> 島崎俊郎(タレント) 1960年<45歳> 村田雄浩(俳優) 1962年<43歳> 豊川悦司(俳優) 1965年<40歳> 洞口依子(俳優) 1966年<39歳> 萩原宏香(タレント) 1968年<37歳> 松本友里(タレント) 1969年<36歳> 芳本美代子(俳優) 1971年<34歳> 深尾桜(歌手) 1972年<33歳> 庵地佐和子(タレント) 1972年<33歳> 高橋里華(俳優) 1982年<23歳> 吉井怜(タレント) |
花:18日とさみずき![]()
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1919年 ローマ教皇庁がジャンヌ・ダルクを聖者とする 1958年 文部省が各小中学校に道徳教育の実施要綱を通達1958年 文部省が各小中学校に道徳教育の実施要綱を通達。 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 弱そうに見えて、 |
ロシアの作曲家、ニコライ・リムスキー=コルサコフ誕生(1844〜1908)
「シェエラザード」で知られるオーケストレーションの達人 |
今日の音楽的出来事 ♪ |
| 3月19日 | 花言葉:ひょうきんな | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1922年<83歳> 小野田寛郎(陸軍情報将校[元]) 1944年<61歳> 青木一子(俳優) 1948年<57歳> 朱里エイコ(歌手) 1957年<48歳> 尾崎亜美(シンガーソングライター) 1963年<42歳> 熊谷幸子(歌手) 1964年<41歳> 北原佐和子(俳優, 歌手) 1971年<34歳> 麻寺祐実(タレント) 1972年<33歳> 稲森いずみ(俳優) 1977年<28歳> 岡田義徳(俳優) 1980年<25歳> 下川みくに(歌手) |
花:ベロペロネ(こえびそう)![]()
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○ミュージックの日 ○アカデミー賞設立記念日 ○カメラ発明記念日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ ダイナミックな行動力でまわりを驚かす人。 |
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今日の音楽的出来事 ♪シンガーソングライター、尾崎亜美誕生(1957〜) 抜群のポップ・センス、幅広い交友関係 自らのヒット曲「マイ・ピュア・レディ」のほか、杏里の 「オリビアを聴きながら」や松田聖子の「天使のウィンク」の 作者として知られる、シンガーソングライターの尾崎亜美。 2001年は歌手活動25周年を迎え、 2枚のベスト・アルバムに加え、 細野晴臣、奥田民生、福山雅治、大貫妙子ら豪華なゲストと、 ともに制作した記念アルバム『Amii−Phonic』を発表するなど、 大いに話題を集めました。
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| 3月20日 | 花言葉:意外な思い | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1937年<68歳> 雪村いづみ(歌手, 俳優) 1942年<63歳> 上岡龍太郎(タレント[元]) 1946年<59歳> 倉田保昭(俳優) 1949年<56歳> 新藤恵美(俳優) 1955年<50歳> 竹内まりや(シンガーソングライター) 1956年<49歳> 竹中直人(俳優, 映画監督) 1972年<33歳> 江川芳文(俳優) 1973年<32歳> 大石恵(タレント) 1974年<31歳> 柳原愛子(タレント) 1975年<30歳> 浅川悠(声優) 1984年<21歳> 野村佑香(俳優) |
花:20日みつまた![]()
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☆春分[しゅんぶん](Vernal
equinox) ◎春分の日(Vernal
Equinox) |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 才色兼備でしかも群を抜くファイター。情にもろく、ちょっと抜けているところがあり、それが「かわいい」と好感を呼ぶうらやましい人です。気取らず、自然体で過ごしてください。
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ロシアの名ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル誕生(1914〜1997)
あらゆる芸術に深い造詣を持つ、巨人的スケールのピアニスト |
今日の音楽的出来事 ♪ |
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| 20世紀最後の「巨匠」ピアニストと呼ばれた、リヒテル。97年8月に突然の訃報が伝えられた時には、マスコミも「今世紀最大のピアニスト、死去」「ピアノの巨匠時代が終わった」等と大々的に取り上げ、その死を惜しみました。 ウクライナで生まれたリヒテルは、両親もピアニストでしたが、独学でピアノを習得。オデッサ歌劇場で練習時の伴奏ピアニストとして働き、モスクワ音楽院で本格的に勉強し始めたのは22歳になってからでした。そのとき名教師・ネイガウスは「何も教えることがなかった」との言葉を残しています。 そして、30代に入ってからの遅いデビューは、“鉄のカーテンの向こうに恐ろしいほどのピアニストがいる”とすぐ西側に伝わったほど強烈なものでした。特に、作曲家本人と親交のあったプロコフィエフの作品をはじめ、ラフマニノフ、ムソルグスキーなどのロシア音楽、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンなどのドイツ音楽から、リヒテルは哲学的なものと抒情的なものを導き出し、それを多彩な音色で描き分けて、圧倒的な感銘を与えたのです。 リヒテルは、演劇、映画、絵画、文学などにも深い造詣を持っており、特に絵画の腕前は、演奏旅行の途中で印象に残った風景を、後で寸分の狂いもなくキャンバスに再現できるほど、と言われています。彼のピアノを聴いていると、時として目に見えるように鮮やかなイメージが浮かび上がるのは、彼の「確かな目」のなせる技かも知れません。 |
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| 3月21日 | 花言葉:呪文、霊感 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1934年<71歳> 原哲男(俳優, コメディアン) 1947年<58歳> 加藤和彦(作曲家, ミュージシャン) 1951年<54歳> 岩城滉一(俳優, ミュージシャン) 1957年<48歳> 友里千賀子(俳優) 1967年<38歳> 川島だりあ(タレント) 1972年<33歳> 小林麻子(俳優) 1974年<31歳> 俊藤光利(俳優) 1981年<24歳> 鮫島巧(俳優) 1984年<21歳> 大森玲子(タレント)
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花:21日まんさく![]()
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○国際人種差別撤廃デー ○ランドセルの日 ○催眠術の日 ○カラー映画の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 知的で誇り高い性格。 |
フェイセズが、デビューアルバム『ファースト・ステップ』をリリース(1970)
ロッド・スチュワートとロン・ウッドを迎え、“スモール”をとったフェイセズ1951年 日本初のカラー劇映画『カルメン故郷に帰る』が封切り |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 3月22日 | 花言葉:希望 |
今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1962年<43歳> 古手川伸子(俳優) 1970年<35歳> 橋本美加子(タレント) 1977年<28歳> 松本リカ(タレント) 1980年<25歳> 柳明日香(タレント) 1982年<23歳> 米田奈美子(タレント) |
花:れんぎょう![]()
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○放送記念日 ○国連水の日(World Day for
Water) |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 恋に恋するタイプ。好きな人につくすのですが、やりすぎて「女房気どり」「亭主気どり」になり、いやがられたりします。恋愛には適度な距離が大切です。 |
歌謡曲や童謡で活躍した作曲家、中山晋平誕生(1887〜1952)
書生生活の後、「カチューシャの唄」でデビュー |
今日の音楽的出来事 ♪ |
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| 大正時代から昭和にかけて童謡や新民謡、歌謡曲などを約3,000曲も作曲し、“日本のフォスター”と呼ばれている中山晋平。長野県で生まれ、少年時代から村祭りの笛の腕前では右に出る者がないほど音楽の才能に恵まれた彼は、18歳で音楽への希望に燃えて上京。新劇の指導者で早大教授でもあった島村抱月のもとで原稿清書などの書生生活をしながら東京音楽学校(現:東京芸大)に入学、ピアノと作曲を本格的に学びます。 卒業後は小学校教員をする傍ら作曲を続け、晋平26歳の1913年、抱月がトルストイの「復活」で芸術座の旗揚げ公演をするときに、女優・松井須磨子が歌う劇中歌の作曲を頼まれます。「学校の唱歌でも困るし、教会の賛美歌でも困る。西洋の民謡と、日本の民謡との中間を行ったようなものにしてくれ。」との注文とともに渡された歌詞は、“カチューシャかわいや 別れのつらさ せめて淡雪とけぬ間と 神に願いをかけましょか”という、捕らえどころのないものでした。晋平は途方に暮れますが、公演の3日前に付点のリズムに特徴のあるメロディがひらめき、「カチューシャの唄」が完成します。この歌は新しい感覚の大衆歌謡として当時の人々を魅了し、名声を得た晋平は教職をやめて曲作りに専念。「ゴンドラの唄」や「さすらいの唄」など、劇中歌の名曲を次々に発表します。しかし恩師抱月が急死したことにより芸術座は解散、これを機に彼は歌謡曲や童謡の世界へ入っていくことになります。 21年の「船頭小唄」では、のちに“晋平ぶし”と呼ばれるヨナ抜き音階(※)の特徴的なメロディ・ラインを確立し、その短音階や4小節4段で完結する歌謡様式は後の流行歌の主流パターンとなりました。一方、晋平はモダンで軽快な感覚も持ち合わせており、「兎のダンス」「証城寺の狸囃子」などはいつ聴いても楽しいリズミックな楽曲です。他にも「しゃぼん玉」「てるてる坊主」「雨降りお月さん」「黄金虫」など、すなおで親しみやすい童謡を数多く作曲。平成の世になっても晋平メロディはたくさんの人々に口ずさまれているのです。 ※ヨナ抜き音階=当時は音階を「ヒフミヨイムナ」と呼び、その「ヨ」と「ナ」を抜いたもの。今の音階でいえば「ドレミソラド」になる。 |
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| 3月23日 | 花言葉:順応する | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1947年<58歳> 鳥塚しげき(歌手) 1952年<53歳> 児島美ゆき(俳優) 1959年<46歳> 伊倉一恵(声優) 1960年<45歳> きゃんひとみ(タレント) 1962年<43歳> 松村和子(歌手) 1966年<39歳> 大沢逸美(俳優, 歌手) 1967年<38歳> 七瀬なつみ(俳優) 1973年<32歳> 氏家弘美(俳優) 1976年<29歳> 桂木亜沙美(俳優) |
花:23日ベルゲニア (ヒマラヤユキノシタ) ![]()
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♯彼岸の開け ○世界気象デー |
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| 今日生まれたあなたは・・・ あいまいなことをきらい、白黒をハッキリさせたいタイプ。たとえその結果が気に入らなくても、傷ついても、すっぱりあきらめる強さを持っています。未練とは無縁です。 |
カーズのボーカル/ソングライター、リック・オケイシック誕生(1948〜)
80年代ロックを代表するバンド「カーズ」の中心メンバー |
今日の音楽的出来事 ♪
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| オハイオ州クリーブランドに生まれたオケイシックは、70年代初めにボストンに移り、ベーシストのベンジャミン・オールと知りあい、音楽活動を始めます。77年2月、5人編成のバンドとしてカーズをスタートさせ78年6月にアルバム『錯乱のドライブ』でデビュー。シンプルな8ビートと、淡々と刻むオケイシックのリズム・ギターに、ディストーション・ギターと派手なシンセをフィーチャーしたサウンドは、ニューウェーブやテクノといった先端の音楽ファンからクラシックなロック・ファンまで幅広くアピールしました。オケイシック独特の、ヒネリの効いたポップな曲作りと、つっかえながらしゃくりあげるような歌い方のユニークさもあって、一躍人気バンドとなったカーズが最も成功を収めたのは、84年のアルバム『ハートビート・シティ』。「ユー・マイト・シンク」「ドライブ」といった大ヒットナンバーが生まれ、その年創設された第1回MTV大賞(※2)でも、マイケル・ジャクソンのスリラーなどの話題作を抑えて年間最優秀賞を受賞するなど、最高の状態でした。 しかし、こうした天才肌の人ほど気まぐれな行動をするものなのでしょうか、85年に突如カーズは活動を休止。オケイシックは86年にソロ・アルバムを発表後、87年にはカーズとして再びアルバムを発表したものの、88年に解散を宣言するのです。その後、オケイシックはソロ活動を本格化させますが、カーズのイメージから離れることを意識しすぎたのか、実験的な内容で売上げは芳しくありませんでした。しかし、彼の才能を周囲は放っておかず、マドンナのレーベルにA&Rマン(※3)として雇われたりした後、90年代中ごろからはウィーザー、バッド・レリジョン、ナーダ・サーフ、ホールら、若手バンドのプロデューサーとして活躍しています。そうした若手にも慕われて、97年には元スマッシング・パンプキンのビリー・コーガンのプロデュースによるソロ・アルバムを発表しており、今またアーティストとしての復活が望まれる才人なのです。 リック・オケイシックといえば、元カーズのボーカル兼ギタリストとしてより、今では(熱狂的なファンをもつパンク・ロック・バンド=)ウィーザー(weezer)のプロデューサーといったほうが若いロック・ファンには通りが良いかもしれません。しかし80年代を席巻したエレクトリック・ポップ(※1)ブームの中で、カーズは最も成功したバンドの1つであり、ソングライター&ボーカリストでバンドの顔だったオケイシックの功績にも、高い評価が与えられるべきでしょう |
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| 3月24日 | 花言葉:嫉妬 | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1947年<58歳> 梶芽衣子(俳優) 1950年<55歳> 萩原信二(俳優) 1956年<49歳> 島田紳助(タレント, 漫才師(紳助・竜介[解散])) 1970年<35歳> ちはる(タレント) 1971年<34歳> 本田豊(俳優) 1978年<27歳> 持田香織(ミュージシャン(Every Little Thing/ヴォーカル)) 1982年<23歳> 初音映莉子(俳優) 1985年<20歳> 綾瀬はるか(タレント) |
花:かたくり![]()
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○世界結核デー(World TB
Day) ○マネキン記念日 ○ホスピタリティ・デー |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 伝統的なものにひかれるタイプ。 |
スペインの作曲家、
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今日の音楽的出来事 ♪ |
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| グラナドスは、アルベニスとならんでスペイン独自の音楽を確立した作曲家。バルセロナを本拠地に活躍し、自ら「アカデミア・グラナドス」という音楽学校も設立して、人々に敬愛されていました。代表作には、ピアノ組曲の「スペイン舞曲」、「ゴイェスカス(ゴヤの絵画風の情景)」などがあり、その響きはスペイン固有の民族色と、彼が心酔したショパン、シューマンのロマンティシズムを感じさせるもの。「ゴイェスカス」は、グラナドス自身によりオペラにも転作されましたが、そのことが悲劇を呼んでしまいます。 オペラ版の「ゴイェスカス」は、アメリカのメトロポリタン歌劇場で初演されることになり、1916年1月、グラナドスは初演に立ち会うため、大西洋を越えます。初演は大成功でしたが、その帰途、乗り込んだイギリス汽船サセックス号がドイツ潜水艦によりイギリス海峡で撃沈され、妻とともに還らぬ人となってしまいました。満48歳の惜しまれる死でした。 |
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| 3月25日 | 花言葉:変身 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1940年<65歳> 志茂田景樹(小説家 1943年<62歳> 佐藤オリエ(俳優) 1943年<62歳> 福島泰樹(歌人) 1956年<49歳> 加納竜(俳優) 1959年<46歳> 嘉門達夫(シンガーソングライター) 1966年<39歳> 宮川一朗太(俳優) 1973年<32歳> 船津奈々絵(タレント) 1976年<29歳> NANA(歌手) |
花:おうれん
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○電気記念日 日本電気協会が1927(昭和2)年9月に制定。 1878(明治11)年、東京・銀座木挽町に開設された 中央電信局の開局祝賀会が虎ノ門の工部大学校 (現在の東京大学工学部)で開かれ、 式場に50個のアーク灯が点灯されました。 日本で初めて灯った電灯でした。 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ とくに何か働きかけなくても人に好かれ、人間関係では苦労しません。独特の愛敬があり、いくつになっても若々しく活力にあふれています。 |
イギリスのシンガーソングライター、エルトン・ジョン誕生(1947〜)
作詞家と二人三脚で築き上げた大成功! |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 1998年、亡きダイアナ元妃に捧げた「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」が世界的に大ヒットしたエルトン・ジョン。日本では「僕の歌は君の歌」などのバラード・シンガーとして有名ですが、欧米ではむしろド派手なメガネにラメや豹柄のパンタロン・スーツという奇抜な格好で、「クロコダイル・ロック」や「土曜の夜は僕の生きがい」といった陽気なナンバーを歌うエンターテイナーとして知られています。まさに“ポップス”としか形容しようがないほど、多彩なスタイルの楽曲を量産するエルトンですが、彼の作曲の才能は、一人の作詞家との出会いによって引き出されました。 エルトン・ジョンの本名は、レジナルド・ケネス・ドゥワイト。4歳のころからピアノを学び、11歳で奨学金を受けてロンドンの王立音楽院に通う秀才でした。しかしレジナルドの興味はクラシックよりもむしろプレスリーなどのR&Bやロックン・ロールにあり、17歳で音楽院を中退してからは、昼は音楽出版社勤め、夜はホテルのバーでR&Bバンドを組んで活動。しかし、なかなか芽は出ませんでした。そんな中、67年にレジナルドはレコード会社のオーディションに参加したことがきっかけで、作詞家のバーニー・トーピンと出会います。互いの才能を認め合った彼らはソングライター・チームとなり、レジナルドは名前も“エルトン・ジョン”と変えて新たなスタートを切ります。 69年にアルバム『エンプティ・スカイ』でデビューしたエルトン・ジョンは、70年の「君の歌は僕の歌」が大ヒット。72年には『ホンキー・シャトー』を引っさげてアメリカに進出、大好きなローリング・ストーンズを題材にした楽曲を含む次作の『ピアニストを撃つな!』から5枚連続で全米アルバムチャートのナンバー1に輝きます。さらに『キャプテン・ファンタスティック』は、初登場1位というビルボード史上初の快挙も演出。こうしてポップス界のスーパースターになったエルトンですが、彼の曲作りはまずバーニーが詞を書き、エルトンが曲を付けるというもので、それは現在まで変わっていません。つまり、バーニーの言葉に触発されることで、エルトンはその巨大な才能を開花させ、ポップ、ロック、バラード……ありとあらゆるタイプの優れた曲を生み出していったのです。一方バーニーも、「僕の詞はエルトンによって、初めてうた(SONG)にできた。」と述べており、やはり二人にとって互いの存在はかけがえのないものなのでしょう。 |
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| 3月26日 | 花言葉:気品、清純 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1948年<57歳> いしだあゆみ(俳優, 歌手) 1948年<57歳> 桜木健一(俳優) 1963年<42歳> 右近良之(俳優) 1974年<31歳> 後藤久美子(俳優) |
花:しゅんらん
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○カチューシャの歌の日 ▽独立記念日
(バングラデシュ) |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 自己研鑽に励むタイプ。資格を取ったり、研究会、セミナーなどで勉強することに熱心です。家庭より仕事を志向し、いくつになってもバリバリ活躍したいという欲求は消えません。 |
エアロスミスのボーカル、スティーヴン・タイラー誕生(1951〜)
タラコ唇が縁?父娘判明のエピソードアメリカが生んだ最高のロックンロール・バンドと呼ばれるエアロスミスのボーカリストとして、そして最近では女優リヴ・タイラーの父親として有名なスティーヴン・タイラー。彼のルックスの特徴は何と言っても、娘にも受け継がれている大きなタラコ唇ですが、ちなみにタイラーと改名する前の本名は“タラリコ”だそうで、(われわれ日本人にすれば)なんという偶然の一致?! |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 3月27日 | 花言葉:希望 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1924年<81歳> 高峰秀子(俳優) 1925年<80歳> 夢路いとし(漫才師) 1935年 岸洋子(シャンソン歌手)[1992年歿] 1945年<60歳> 宮本信子(俳優) 1946年<59歳> 上村香子(俳優) 1947年<58歳> 左時枝(俳優) 1953年<52歳> 高中正義(ミュージシャン) 1955年<50歳> 山口良一(俳優, タレント) 1977年<28歳> 金澤あかね(俳優, タレント) |
花:しょうじょうばかま
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○さくらの日 |
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今日生まれたあなたは・・・
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チェリスト/指揮者、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ誕生(1927〜)
音楽と人間に深い愛情を注ぎつづける、チェロの巨匠 |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 世界的チェリストで、指揮者としても活躍するロストロポーヴィチ。最高のテクニックに支えられた情熱的かつスケールの大きい演奏によって、“カザルス以後の最高のチェリスト”と称えられる偉大な存在です。旧ソ連アゼルバイジャン共和国のバクーで生まれ、父親の手ほどきでチェロを始めたロストロポーヴィチは、15歳で公開演奏の場にデビュー。たちまち天才として知られるようになりました。戦後は西側でも活躍を始め、今世紀最高のチェリストとして名を馳せます。 その名演奏はショスタコーヴィチやプロコフィエフなど同時代の優れた作曲家たちを触発。ロストロポーヴィチにたくさんの新作が捧げられ、結果チェロのレパートリーが大きく広がったという功績も見逃せません。さらには幼年期からの夢だったという指揮者としても、1968年デビュー。以後、ワシントン・ナショナル交響楽団の音楽監督を長年つとめるなど、チェロの枠を超えた才能を発揮しています。 ところが70年頃から反体制作家ソルジェニーツィンや物理学者サハロフを擁護したことが原因で、旧ソ連政府と対立。74年に家族ともどもソ連を離れた後、市民権とすべての名誉を剥奪されてしまったのです。90年にようやく名誉が回復されるまで、西側での亡命生活は16年間にもわたりました。こうした経験もあってか、多忙なスケジュールのなか人権擁護にかんする活動やチャリティーコンサートも活発に行っています。また日本では未来の音楽家を育てるヤマハマスタークラス(※)に尽力。生徒たちに温かなアドバイスと励ましを贈りつづけています。 音楽と人間に対して惜しみない愛情を注ぐロストロポーヴィチは、温かな人柄もあって世界中の音楽家からの敬愛を集めてやみません。とりわけ指揮者の小澤征爾との親交は厚く、亡命直後にはボストンの小澤邸に身を寄せていたこともあるそうです。2000年2月東京で開かれたチェチェン難民支援のチャリティーコンサートでは、2人の共演が実現。またとない二大スターの共演とあって多くのファンが詰めかけ、演奏会は大成功をおさめたのでした。 |
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| 3月28日 | 花言葉:遠慮 | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1949年<56歳> 伊武雅刀(俳優, 声優) 1969年<36歳> 宮本裕子(俳優) 1969年<36歳> 的場浩司(俳優) 1970年<35歳> 水野真紀(俳優) 1973年<32歳> 小林彩子(俳優) 1975年<30歳> 小原昌子(タレント) 1975年<30歳> 神田うの(タレント, 俳優) 1981年<24歳> 宇恵さやか(柳和佐)(タレント) 1981年<24歳> 藤村ちか(俳優) |
花:たつたそう![]()
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○シルクロードの日 ○スリーマイル島記念日 1920年 平塚らいてうらが新婦人協会を結成 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 責任感が強く、 |
ロシアのピアニスト/作曲家、セルゲイ・ラフマニノフ没(1873〜1943)
ノイローゼから立ち直って書いた名曲、ピアノ協奏曲第2番 |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 裕福な家庭に生まれたラフマニノフは、20歳でモスクワ音楽院を最優秀で卒業。その前後に作曲し発表した「幻想小曲集」やピアノ協奏曲第1番も好評で、ピアニスト兼作曲家として順風満帆のスタートを切りました。ところが、24歳のとき発表した野心作の交響曲第1番が酷評を浴び、その後約2年間も作曲できないノイローゼ状態が続きます。そんな彼を救ったのが、精神科医のニコライ・ダール博士でした。 彼の催眠療法によって自信と意欲を取り戻したラフマニノフは、イタリアでたっぷりと英気を養ったあと、腰を据えて新作に取りかかります。こうしてできたのが、彼の代表作、ピアノ協奏曲第2番でした。1901年に自身のピアノで初演されたこの曲は、ロマンティックな旋律の美しさで大成功を収め、ラフマニノフは感謝をこめて、この曲をダール博士に捧げています。また、この曲は1945年に作られたイギリス映画『逢びき』の音楽にも用いられ、世界中で大流行しました。 |
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とてもハートフルなステキなコンサートでした。解説等はするとは思っていませんでした。・・・が、たのしくわかり易くサロンふうな一味違ったというか、いい味出してましたよ!ベートーベン、ショパン、ラフマニノフ、プロコフィエフとそれぞれが 濃密でしたね!。また、ピアノとヴァイオリンとのアンサンブルがほど良く融合しあい緻密に美しい彩をなしてましたよ!テッセラが絵(演奏しているお二人を)を包む額のようでした。アンコール(エルガー愛の挨拶、 ラフマニノフのボカリーズ) 2曲も演奏!。素晴らしい演奏でしたよ。そしておめでとうございました。 |
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| 3月29日 | 花言葉:幸福、平和 | 今日は何の日 | |||
| 今日生まれた有名人 1963年<42歳> 野沢直子(お笑い芸人) 1965年<40歳> 鈴木ほのか(俳優) 1971年<34歳> 西島秀俊(俳優) 1972年<33歳> 鈴木彩子(歌手) 1974年<31歳> 田山真美子(タレント) 1977年<28歳> 桜庭あつこ(タレント) 1979年<26歳> 篠原ともえ(タレント, 歌手) 1979年<26歳> 片桐華子(歌手) 1982年<23歳> 滝沢秀明(タレント) 1984年<21歳> 里田まい(歌手) |
花:アリッサム
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○マリモの日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ ペットを飼ったり、 |
ギリシャの作曲家/キーボーディスト、ヴァンゲリス誕生(1943〜)
壮大・深遠なサウンドで知られる、シンセサイザーの第一人者 |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 3月30日 | 花言葉:御身に私の財産を 捧げます |
今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1938年<67歳> 島倉千代子(歌手) 1958年<47歳> 石黒ケイ(タレント) 1963年<42歳> 西端弥生(タレント) 1966年<39歳> 村上里佳子(RIKACO)(タレント, 俳優) 1967年<38歳> 坂本冬美(歌手) 1967年<38歳> 林原めぐみ(声優, 歌手) 1970年<35歳> 白田あゆみ(タレント) 1973年<32歳> 豊田麻里(俳優) 1974年<31歳> 小野ゆかり(俳優) |
花:カルセオラリア![]()
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○国立競技場落成記念日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 頑固で怒りっぽいのが欠点。 |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 3月31日 | 花言葉:同情、可憐、共感、 滞在 |
今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1932年<73歳> 大島渚(映画監督) 1933年<72歳> 中丸忠雄(俳優) 1936年<69歳> 毒蝮三太夫(タレント, 司会者, 俳優) 1938年<67歳> 村松英子(俳優) 1940年<65歳> 嵐圭史(歌舞伎俳優) 1950年<55歳> 舘ひろし(俳優, 歌手) 1970年<35歳> 今井麻起子(歌手) 1977年<28歳> 上原さくら(タレント, 歌手) 1981年<24歳> 眞鍋かをり(タレント) 1982年<23歳> 高田宏太郎(俳優) |
花:はまかんざし![]()
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○教育基本法・学校教育法公布の日 ○エッフェル塔の日 1905年 コナン・ドイルの短篇集『シャーロック・ホームズの復活』が発刊。前作で死亡したことになっていた名探偵ホームズが復活 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 人の話を信じて騙された事があるのでは? |
強運&いたずら好き? “交響曲の父”ハイドン誕生(1732〜1809)
生涯に104曲の交響曲をつくり、“交響曲の父” |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 生涯に104曲の交響曲をつくり、“交響曲の父”と呼ばれるオーストリアの作曲家、ハイドン。彼の交響曲には、ニックネームつきのものが多数あります。晩年の作品、93番から104番は、ハイドンが名声を得て、ロンドンに招待されたときに作曲されたもので、まとめて「ロンドン・セット」あるいは「ザロモン・セット」と呼ばれています。ザロモンとは、ハイドンを招待した興行師の名前で、ザロモン・コンサートという予約演奏会の目玉として、当時大人気のハイドンをウィーンから招き、新作を依頼したのでした。 イギリスで大歓迎を受けたハイドンは、上機嫌で新作の作曲に取り組みますが、気に入らないことがひとつありました。聴衆のマナーが悪く、居眠りしている人が多いのです。ハイドンは茶目っ気を出し、ある交響曲で聴衆をたたき起こすことにしました。アンダンテの第2楽章に入り、全体が最弱音になるところで、突如として最強奏が出現。とくにティンパニ奏者には、力いっぱい叩くように指示しました。ねらい通り、聴衆はびっくりして飛び上がり、以後、この交響曲第94番は「驚愕」「びっくり」などと呼ばれてます。 また、あるコンサートではこんなこともありました。ハイドンが自作を指揮するために登場したのですが、当時は指揮台はなく、指揮者は舞台中程のチェンバロを弾きながら指揮をするので、1階の客席からはよく見えません。そこで有名なハイドンの顔を見ようと、1階の客がステージ前に殺到。そのとき、がら空きになった客席に、天井から巨大なシャンデリアが落ちてきたのです。客席が空いていなかったら、けが人が多数出るところでした。人々は口々に「奇跡だ!」「奇跡だ!」と叫び、以後、この交響曲第96番は「奇跡」と呼ばれるようになったのです。 このほかにも「ザロモン・セット」には、第100番「軍隊(軍隊ラッパの音に由来)」、第101番「時計(規則正しい伴奏リズムに由来)」、第103番「太鼓連打(曲の最初がティンパニのロール打)」、第104番「ロンドン(ロンドンで作曲された最後の交響曲)」などがあります。 |
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4月(卯月)
April

| 4月1日 | 花言葉:恋を占う | 今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1920年<85歳> 三船敏郎(俳優, 映画監督)[1997年歿] 1928年<77歳> 塩沢とき(俳優) 1941年<64歳> 伊藤エミ(歌手[元](ザ・ピーナッツ)) 1941年<64歳> 伊藤ユミ(歌手[元](ザ・ピーナッツ)) 1951年<54歳> 古今亭菊丸(落語家) 1954年<51歳> 林真理子(小説家) 1961年<44歳> 羽場裕一(俳優) 1961年<44歳> 高橋克実(俳優) 1965年<40歳> 小野リエ(俳優) 1967年<38歳> 相原勇(YASUKO)(タレント) 1967年<38歳> 鷲尾いさ子(俳優) 1970年<35歳> 中里博美(俳優) 1971年<34歳> 伊藤智恵理(タレント) 1973年<32歳> 八木沼純子(タレント, フィギュアスケート) 1980年<25歳> 竹内結子(俳優) |
花:マーマーガレット![]()
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1907年 夏目漱石が東京帝大講師を辞職して朝日新聞社に入社 ◇エイプリルフール,万愚節 ◇新学年 ◇入社式 ◇新会計年度 ○トレーニングの日 ○不動産表示登記の日 ○児童福祉法記念日 ○売春防止法施行記念日
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| 今日生まれたあなたは・・・ さばさばして細かい事にこだわらない性格。
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宝塚少女歌劇(現:宝塚歌劇団)が宝塚温泉で初公演(1914)![]() |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 男役も女役も、すべて女性が演じる劇団として有名な宝塚歌劇団。その初公演が行われたのは1914年のこの日のことで、演目は歌劇「ドンブラコッコ」、喜歌劇「浮世雲」、ダンス「胡蝶の舞い」というものでした。その題名から分かるように、いくら大正時代のこととはいえ、現代のいわゆるタカラヅカのイメージとはほど遠いものだったようです。 宝塚歌劇団はもともと、親会社の阪急電鉄の乗客拡大と観光開発を目的に、当時大阪の三越が人気を集めていた少年音楽隊をまねて、少女に唱歌を歌わせることにしたのが始まりでした。当時の宝塚は、数軒の温泉宿しかなかった村でしたが、この試みは、大阪から日帰りで家族全員が安く楽しめる娯楽として、当時の人々の心をつかみます。女性が舞台で芸を披露することはまだ珍しい時代でしたが、「清く正しく美しく」をモットーに、良家の子女達による唱歌と、おとぎ話を題材とした歌劇でしたから、“女だてらに…”といった批判も少なかったようです。1921年には花組と月組に分けられ、1924年には雪組が加わり、当時としては東洋一の規模を誇る観客収容人員4000人の宝塚大劇場も作られ、スタートから10年で宝塚歌劇団はメジャーな娯楽となったのでした。 しかし、大劇場のこけら落としの演目は「カチカチ山」と、ハードは立派になったのに、ソフトは昔のまま。もっと大人も楽しめて、人々の夢をかきたてる、洋風でモダンな演目が求められたのも、無理からぬ話です。そして1927年「モン・パリ」を上演。大階段あり、羽根扇あり、ラインダンスなど、現在の宝塚の要素をふんだんに散りばめたこの日本最初のレビューは、当時の人々を夢の世界に誘いました。さらにその3年後には、あの有名な「すみれの花咲くころ」を主題歌とした『パリゼット』で、レビューのスタイルを確立したのです。 第2次世界大戦中に一時中断期間はあったものの、戦後すぐに再開され、人々に夢とロマンを与えてきた宝塚歌劇。1974年には「ベルサイユのばら」で史上空前のブームを起こします。現在活躍中の女優にも、黒木瞳、天海祐希、純名理沙ら、「ベルばら」に魅せられた宝塚出身者は少なくありません。どこまでも豪華絢爛で、まばゆいばかりにロマンティックな世界に、一度触れてみてはいかがでしょうか。 |
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| 4月2日 | 花言葉:精神美、優れた美人 | 今日は何の日 | |||||||||||||
| 今日生まれた有名人 1951年<54歳> 岡本綾子(ゴルフ) 1951年<54歳> 忌野清志郎 (ミュージシャン(RCサクセション/ヴォーカル)) 1951年<54歳> 浅茅陽子(俳優) 1955年<50歳> 青柳文太郎(俳優) 1958年<47歳> 伊藤咲子(歌手) 1962年<43歳> 愛川裕子(俳優) 1968年<37歳> 宇沙美ゆかり(俳優) 1968年<37歳> 峠恵子(歌手) 1974年<31歳> 西尾まり(俳優) |
花:さくら
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○週刊誌の日 ○国際こどもの本の日 ○五百円札発行記念日 ○図書記念日 ○歯列矯正の日
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| 今日生まれたあなたは・・・ ちょっと気が強いのが玉にキズですが、
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アメリカのシンガーソングライター、レオン・ラッセル誕生(1941〜)
大物アーティストをも惹きつけるロック界のカリスマ |
今日の音楽的出来事 ♪
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顔一面を覆うヒゲとその奥の眼光鋭い眼差しで、カリスマ的な存在感を漂わせるレオン・ラッセル。3歳のころからピアノを学び、14歳で家を出てナイトクラブで歌い始めたという彼は、58年にロサンゼルスに進出してフィル・スペクターがプロデュースしたロネッツや、フランク・シナトラなど大物のバック・ミュージシャンをつとめ、60年代末にはローリング・ストーンズのレコーディングにも招かれる売れっ子になりました。
アレンジャー、プロデューサーとしても活躍し、70年にイギリス人のシンガー、ジョー・コッカーのプロデュースをしたときには、バック・バンド“マッド・ドッグス&イングリッシュ・メン”を指揮してコッカーの存在が霞むほどのカリスマ性を発揮。そして同年、ラッセルは自らレーベルを作り、いよいよ満を持してファースト・アルバム『レオン・ラッセル』をリリースします。「ソング・フォー・ユー」「デルタ・レディー」「デキシー・ララバイ」などの名曲を含むこのアルバムには、エリック・クラプトン、スティーブ・ウインウッド、ストーンズのチャーリー・ワッツとビル・ワイマン、ビートルズのジョージとリンゴなどの超大物が参加。デビュー1枚目にして、ラッセルは自分がロック界の最重要人物の一人であることを証明してみせたのです。 その後も『シェルター・ピープル』や大ヒット曲「タイトロープ」を収録した『カーニー』といった傑作アルバムをリリースし、ファンキーでねばっこいリズムと骨太な南部サウンドに乗せたブギウギ・ピアノとアクの強いボーカルで、ラッセルはスワンプ・ロック・ブームの立役者となりました。また、ソングライターとしても非常に高く評価されており、ジョージ・ベンソンの「マスカレード」、カーペンターズの「スーパースター」などのヒット曲も、彼の作った楽曲です。 |
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| 4月3日 | 花言葉:決心、安楽、追憶、 友情 |
今日は何の日 | |
| 今日生まれた有名人 1913年 金田一春彦(言語学者, 金田一京介の子)[2004年歿] 1932年<73歳> 有馬稲子(俳優) 1935年<70歳> 芳村真理(司会者, 俳優) 1950年<55歳> 大谷直子(俳優) 1952年<53歳> 岩本恭生(タレント) 1953年<52歳> 仁科亜希子(仁科明子)(俳優) 1965年<40歳> 古沢みづき(タレント) 1967年<38歳> 吉野加代子(タレント(おニャン子クラブ[脱退])) 1969年<36歳> 田辺誠一(俳優) 1972年<33歳> 東根作寿英(俳優) 1973年<32歳> 瀬能あづさ(歌手(CoCo[解散])) 1976年<29歳> 須之内美帆子(タレント) 1977年<28歳> 諸岡なみ子(タレント) 1982年<23歳> 仲根かすみ(タレント) 1987年<18歳> 瀬戸山清香(歌手(EARTH)) |
花:ゼラニューム![]()
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○日本橋開通記念日 ○清水寺・みずの日 ○いんげん豆の日 ○ペルー日本友好の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ 裏表のないさわやかな性格。
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シンガー、坂本サトル誕生(1967〜)
年間471回もの“路上ライブ”をこなして凱旋 |
今日の音楽的出来事 ♪
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92年にJIGGER'S SON(ジガーズ・サン)のボーカリスト兼ギタリストとしてデビューした坂本サトルは、すべての曲の作詞・作曲を担当するバンドの顔でした。熱心なファンは獲得したものの大きなヒットには恵まれず、98年ごろから坂本の心に「これから何を歌うべきなのか?」という疑問が生じます。迷った末に坂本はソロで歌うことを決意し、JIGGER'S SONは活動中止に。そうしてしばらく「自分はなぜ歌うのか?」と自問自答した末に生まれた曲が「天使達の歌」。自分自身を励ますかのように、高らかに「旅を続けよう」と歌ったこの名曲をひっ下げて、彼はもう一度原点に戻るべく、地元の東北と北海道で“実演販売”を始めたのです。 路上はもちろん居酒屋、バー、結婚式、郵便局めで、聴いてくれる人がいるところならどこでも歌い、気に入ったらその場でCDを買ってもらう。そんな演歌歌手も顔負けの活動を、1年間で471回もこなしたというのですから、並大抵の苦労ではなかったでしょう。その甲斐あって口コミで評判が広がり、やがてラジオやテレビなどのメディアも取り上げ始め、CDの売り上げが1万5千枚を超えた1999年の5月、ついに全国発売が決定。2000年には初のソロ・アルバム『終わらない歌』を発売し、日比谷野外音楽堂で3000人を集めた弾き語りライブを行うなど、路上から見事に凱旋を果たしたのです。 「マイクなしで歌うことから始まった。人だかりができて、声が届かなくなったとき、初めてマイクが必要になる。聴きたい人がさらに増えて、生の声を届けられなくなると、CDが必要になる。それが本来の順番だと分かった」と、路上での活動を振り返る坂本 |
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| 4月4日 | 花言葉:忠実、困難 | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1947年<58歳> あき竹城(俳優) 1957年<48歳> 桑野信義(タレント, ミュージシャン(RATS&STAR/トランペット・ヴォーカル)) 1960年<45歳> 深浦加奈子(俳優) 1969年<36歳> 林伸行(お笑い芸人(坂道コロコロ)) 1971年<34歳> 山田誉子(タレント(C.C.ガールズ)) 1972年<33歳> 小川敦子(俳優) 1974年<31歳> 照英(俳優, モデル) 1983年<22歳> 有田気恵(タレント) 1986年<19歳> 朝長真弥(歌手(EARTH)) |
花:すもも![]()
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○トランスジェンダーの日 ○沖縄県誕生の日 ○交通反戦デー |
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今日生まれたあなたは・・・
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ビートルズが全米ヒットチャートの1位〜5位を独占(1964)
当時のビートルズでなければ成し得なかった、空前の大記録 |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 2000年11月に発売されたベスト盤『1』が、発売後たった3週間で全世界で1200万枚を売り上げ、最も短期間で売れたアルバムの記録を更新。ビートルズの人気はいまだ衰えを見せるどころか、さらに新しいファンも増やし続けています。彼らはさまざまな前人未踏の記録を持っていますが、とりわけ1964年の今日達成した、全米チャート1〜5位独占記録は、おそらく永久に破られることはないでしょう。というのも、この大記録は当時のビートルズの人気と、レコード業界の事情の上に成立しているからです。 ビートルズ登場以前、ロックやポップスはアメリカのものでした。もちろんイギリスにもそういった歌手やグループはいましたが、本場アメリカでの成功など夢物語でした。62年のデビューから1年でイギリスを席巻したビートルズにとってすらアメリカ進出の壁は厚く、「イギリスのグループが売れるわけない」と英EMIの子会社の米キャピトルからさえ門前払いを食らっていたのです。ですから「シー・ラヴズ・ユー」「プリーズ・プリーズ・ミー」といったイギリスでの大ヒット曲が、スワンやヴィー・ジェイといった弱小レーベルからひっそりリリースされるという悲惨な状況でした。しかも中にはBeattlesとつづりを間違えられる(正しくはBeatles)くらいに、何の期待もされなかったようで、実際チャートに顔を出す曲は、63年の時点では皆無だったのです。 そんな状況を変えたのが、イギリスで63年11月にリリースされた「抱きしめたい」でした。ゴスペル・サウンドを意識した曲調に、アメリカでのヒットを確信したキャピトルが、ついにゴー・サインを出したのです。そのころにはイギリスの熱狂ぶりが、アメリカのメディアで大きく扱われるようになっていたことも後押しとなりました。「抱きしめたい」は64年2月1日、見事全米ナンバーワンに。そしてビートルズは大西洋を渡り、2月9日、アメリカのテレビ史上最も有名な番組といわれる『エド・サリヴァン・ショー』に生出演。最高視聴率72%を記録し、番組にビートルズが出演している間、ニューヨークでは青少年の犯罪が1件も発生しなかったという奇跡的なエピソードまで生まれました。こうしてビートルズはついにアメリカをも征服したのです。 そこで黙っていなかったのが、それ以前のシングルの権利を持っていた弱小レーベルたち。このブームに乗り遅れてはならじと、一度出したシングルを、各社が一挙に再リリースしたのです。そこで、キャピトルからの2枚目のシングル「キャント・バイ・ミー・ラヴ」が1位になった4月4日には、なんと2位に「ツイスト&シャウト」、以下「シー・ラヴズ・ユー」(前週1位)、「抱きしめたい」、「プリーズ・プリーズ・ミー」と、トップ5の全てをビートルズが独占したのでした。ビートルズの曲の素晴らしさはもちろんですが、この大記録は、そうした事情がなければ成立しなかったでしょうし、世界に情報と販売網が行き渡った現在では、この記録を破ることはほとんど不可能といえるでしょう。 |
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| 4月5日 | 花言葉:知恵の泉 | 今日は何の日 | |||
| 今日生まれた有名人 1939年<66歳> 畠山みどり(歌手) 1940年<65歳> 坂東英二(タレント, 野球(中日/投手[元])) 1944年<61歳> 原田大二郎(俳優) 1945年<60歳> 田辺靖雄(歌手, 俳優) 1947年<58歳> 吉田拓郎(シンガーソングライター) 1948年<57歳> 木原光知子(タレント, 水泳) 1950年<55歳> 藤田淑子(声優) 1969年<36歳> 杉浦幸(俳優) 1969年<36歳> 千堂あきほ(歌手, 俳優, タレント) 1971年<34歳> 川原亜矢子(モデル, 俳優) 1981年<24歳> 酒井寿(俳優) |
花:むらさきはなな![]()
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☆清明[せいめい] ○ヘアカットの日 ○横町の日 ○デビューの日
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| 今日生まれたあなたは・・・ 年齢より、大人に見られますが、
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ロック・ドラマー、コージー・パウエルが自動車事故死(1947〜1998)
新たな刺激を求め、バンドを渡り歩いた超人ドラマー |
今日の音楽的出来事 ♪
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| 4月6日 | 花言葉:待ち合わせ、出会い | 今日は何の日 | ||
| 今日生まれた有名人 1929年<76歳> 小沢昭一(俳優, 演出家, 芸能研究家) 1947年<58歳> 伊東ゆかり(俳優, 歌手) 1956年<49歳> 松本竜助(漫才師(紳助竜助)) 1967年<38歳> 春風亭昇乃進(落語家) 1972年<33歳> そめやゆきこ(タレント, 歌手(みるく[解散])) 1972年<33歳> 西郷ルミ子(タレント) 1973年<32歳> 宮沢りえ(俳優, 歌手) 1976年<29歳> こじまいづみ(歌手(花*花)) 1976年<29歳> 山坂美智子(タレント) |
花:きぶし![]()
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○城の日 ○新聞をヨム日 ○北極の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・ ふだんは、とても明るく元気なのですが、落ちこみだすとなかなか立ち直れません。上手に気分転換をしましょう。恋愛にはとても臆病なところがあります。
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ロシアの作曲家、ストラヴィンスキー没(1882〜1971)
カメレオンと呼ばれた作曲家 |
今日の音楽的出来事 ♪
1901年 瀧廉太郎がドイツの王立音楽院への留学に出発。結核に罹り翌年帰国。 |
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| ロシア人作曲家イーゴル・ストラヴィンスキーは、後に’カメレオン’や’1001の顔を持つ男’と称されるように、時代によりその作風を変えていった作曲家です。ストラヴィンスキーは、宮廷歌劇場の歌手の息子として、ロシアのサンクト・ペテルブルグに生まれました。幼いころからピアノを習い、音楽家になる夢は強かったものの、父の勧めもあり大学は法律関係に進みます。しかし、そこで出会った友人の父が作曲家リムスキー=コルサコフだったことから、法律家への道を捨て作曲家を目指すべくコルサコフに師事したのでした。 ストラヴィンスキーの代表作でもある1909年から13年に書かれたバレエ3部作「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」は、ロシア・バレエ団の主宰者セルゲイ・ディアギレフとの出会いによって完成しました。複合拍子、変拍子、不協和音を多用した彼の作風は、クラッシック音楽の伝統にとらわれない革新的なものだったため、これまでの音楽に慣れた聴衆には不評で、演奏会では、たびたびブーイングが起きたと言われています。 その後、2回の大戦により、居住地を変えたストラヴィンスキーの作風は大きく変わります。第一次大戦では、戦火を逃れ母国ロシアを捨てスイスに移住。さらに終戦後には、演奏の場を求めフランスへ。そこで画家のピカソや作家のコクトーとの交流を深めました。彼らとの交流からか、なぜかこの時期のストラヴィンスキーの作風は、それまでの革新的なものから一転してオペラ「エディプス王」に代表される古典的な手法になります。 そして39年、母と妻と娘を相次いで病で失い、第二次世界大戦から逃れることもあり、ハーバード大学の招きを受けて単身アメリカに移住し、翌年再婚。新たな人生を歩み始めます。若き作曲家ロバート・クラフトやジャズから影響をうけたストラヴィンスキーは、12音技法(※)を取り入れた「アゴン」のような難解な曲にみられる、秩序に基づく無調性な曲に積極的に取り組みました。そして晩年にかけては、「レクイエム・カンティクルス」に代表される古典的宗教音楽を多く作曲しました。 ストラヴィンスキーは、自分にとっての新たな音楽を追い続け、そこから独自のものを作り上げていきました。その探求心は、死の直前まで衰えず、病床でも作曲を続け、最愛の妻の見守るなか88歳の生涯を終えたのでした。 (※)調性にとらわれることなくオクターブの12音を同等にとらえ、その12音を1回ずつ使ってセリーといわれる短いメロディをつくり、それに基づいて作曲する技法。作曲家シェーンベルクが創始者。 |
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| 4月7日 今日生まれた有名人 1930年<75歳> 竹村健一(評論家) 1939年<66歳> 東京ぼん太(漫談師) 1953年<52歳> 甲斐よしひろ(ミュージシャン(甲斐バンド/ヴォーカル)) 1968年<37歳> 宇徳敬子(歌手(Mi-Ke[解散])) 1970年<35歳> 三野輪有紀(タレント) 1971年<34歳> 山口弘美(タレント) 1972年<33歳> 桂山信吾(俳優) 1974年<31歳> 今泉咲子(タレント) 1981年<24歳> 新垣仁絵(歌手(SPEED[解散]) |
花言葉:元気 ディモルフォセカ ![]() 元気
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○世界保健デー(World Health
Day) ○農林水産省創立記念日 |
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不倫などつらい恋愛におぼれそう。 と言うのも、1度こうと思いこむと 頑固に考えを変えず、 向こう見ずな所があるからです。 トラブルなどおこさないように… |
インドのシタール奏者、ラビ・シャンカール誕生(1920〜)
熱狂的な即興演奏と深い精神性で、ジャズやロックにも影響を与える |
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| 4月8日 今日生まれた有名人 1911年 藤山一郎(歌手『青い山脈』『影を慕いて』)[1993年歿] 1932年<72歳> 露口茂(俳優) 1942年<62歳> 前田五郎(漫才師(コメディNo.1)) 1947年<57歳> 生田悦子(俳優) 1947年<57歳> 千昌夫(歌手) 1952年<52歳> 桃井かおり(俳優) 1953年<51歳> 萩原流行(俳優) 1956年<48歳> 幸田シャーミン(キャスター, ジャーナリスト) 1956年<48歳> 田中好子(俳優, 歌手(キャンディーズ[解散])) 1958年<46歳> 森下愛子(俳優) 1959年<45歳> 三遊亭歌之介(落語家) 1963年<41歳> 柳ユーレイ(お笑い芸人(たけし軍団)) 1966年<38歳> 松本明子(タレント, 俳優, 歌手[元]) 1968年<36歳> 朝井翔(俳優) 1971年<33歳> 菅原かおり(タレント) 1978年<26歳> 遠藤久美子(タレント, 俳優) |
花言葉:あなたをとらえる いかりそう ![]()
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□花祭り(潅仏会,仏生会,浴仏会) ○忠犬ハチ公の日 ○参考書の日 ○折り紙供養の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 内気なはにかみ屋さんのようでわりとダイナミックな心を持っている。恋愛にも消極的と積極的な二面を持っています。なので、あなたを望む人があらわれても、つい逃げ腰になってしまう時と強気にプッシュし過ぎて離れる場あいもあります。あまり欲張らないで自然体が幸せを呼ぶでしょう。 |
ジャズ・クラリネット奏者、北村英治誕生(1929〜)
日本のジャズを支える大御所の飽くなき向上心
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| 日本が誇るジャズ・クラリネットの第一人者、北村英治。料理通として、あるいはニュースキャスターとしてテレビでも活躍し、最近では「おもいっきりTV」にレギュラー出演しているので、もうおなじみですね。北村とジャズとの出会いは、14歳のころ、父のレコード・コレクションにあった米国のクラリネット奏者、ベニー・グッドマンの作品を聴いて衝撃を受けたことに始まります。以来、母から「敵国の音楽を聴いていると憲兵に引っ張られる」と脅されながらも、押し入れの中でこっそりレコードのミゾが擦り減るまで聴いていたそうです。大学在学中から進駐軍やクラブのバンドで演奏したりして腕を磨いてきた北村は、1951年に南部三郎クインテットの一員としてプロ入り。以後、57年に憧れのベニー・グッドマンとジャムセッションを行ったり、77年には名門のモンタレー・ジャズ・フェスティバルに招待されるなど、スタープレイヤーとしてジャズ界を支えてきました。現在まで吹き込んだアルバムはゆうに100枚を超えるほか、若手の育成にも熱心で、ヤマハの主催する管楽器版のカラオケ・コンテスト『管カラ』の審査員も務めています。 そんな北村英治の有名なエピソードが、“50歳での弟子入り”。若いころからトップ・プレイヤーとして活躍してきた北村ですが、演奏法はすべて独学で身に着けたもの。50歳になってふと、「100歳まで吹きつづけるにはやはり基本から学まねば」という思いに至り、師匠を探しますが、もはや彼を師匠と崇める人はいても、師匠になろうなんて人はいない状態。さんざん探した結果、かつてから北村のファンで、クラリネットを勉強してドイツ留学から帰ってきた東京芸大助教授の村井祐児さんに白羽の矢が立てられます。11歳も年上の憧れのプレイヤーに「師匠になって」と言われた村井は驚いて、最初は「50歳を過ぎて進歩はない」と断りますが、北村の情熱に負けて承諾。しかし、いざ師匠となった村井は厳しく、「クラリネットは近くで聞いてもうるさくなく、遠くからもさりげなく聴こえなくてはいけない。あなたのクラリネットは近くではうるさく、遠くから聴けば何だかわからない」と、第一人者のプライドを容赦なく粉砕し、「この曲からやり直しなさい」と「ちょうちょ」の楽譜を渡したとか……。それでも嬉々としてレッスンに励み、「先生が言っていたことはウソでしたよ。ぼく、あのころより、確実に上達しているもの」と語る北村英治。その飽くなき向上心で、21世紀も、彼にしか出せない円熟の音色を聴かせてくれることでしょう。 ★北村英治オフィシャル・ページ = http://eijikitamura.com |
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| 4月9日 今日生まれた有名人 1929年 大川橋蔵(俳優)[1984年歿] 1962年<43歳> 天宮良(俳優) 1970年<35歳> 伊藤美紀(俳優) 1974年<31歳> 伊藤さおり(タレント(北陽)) 1978年<27歳> 天野浩成(俳優) |
アカシア
花言葉:優雅、友情、秘密の愛![]()
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○反核燃の日 ○左官の日 ○大仏の日 ○美術展の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 知的でのびやかな人。しっかりと自立した意識の持ち主で、 青渭(あおい)神社
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ジャズ・ドラマー、スティーブ・ガッド誕生(1945〜)
完璧なテクニックと歌心を兼ね備えた“ドラマーの中のドラマー” |
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| テクニカルなジャズと親しみやすいロック/ポップスの要素を融合させた“フュージョン”という音楽スタイルは、70年代に誕生して以来、多くのファンの耳を虜にしてきました。その発展を支えたのが、やはり多くの優れたミュージシャンたちであることは疑うべくもありません。ここに紹介するスティーブ・ガッドは、その中でも最重要人物と呼ぶにふさわしいプレイヤーです。 1945年にニューヨーク州ロチェスターで生まれた彼は、ドラマーであった叔父の影響で幼いころからドラムに親しみ、音楽大学で打楽器を専攻。20代半ばからプロのセッション・ドラマーとしての活動を始めました。現在までに共演したミュージシャンは数知れず、主なところではチック・コリア、グローヴァー・ワシントンJr、ジョージ・ベンソン、アル・ジャロウ、デヴィッド・サンボーン、スティーリー・ダン、アル・ディメオラ、ポール・サイモン、マンハッタン・トランスファー、渡辺貞夫など。その一方で、スタッフ、マンハッタン・ジャズ・クインテット、自身が率いるガッド・ギャングといったグループ活動も行っています。最近では、昨年惜しくも他界したジャズ・ピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニのトリオにおける名演や、エリック・クラプトンのツアー・メンバーとしてのプレイが記憶に新しいところです。 |
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| 4月10日 今日生まれた有名人 1950年<55歳> 和田アキ子(歌手, タレント) 1952年<53歳> さだまさし(シンガーソングライター) 1954年<51歳> 六平直政(俳優) 1970年<35歳> 橘友賀(歌手) 1972年<33歳> 小林明子(歌手) 1976年<29歳> 木村佳乃(俳優, 歌手) 1978年<27歳> 春日井静奈(タレント) 1979年<26歳> 添田めぐみ(タレント) 1979年<26歳> 堂本剛(歌手, タレント(KinKiKids)) 1981年<24歳> 岡本恵理(タレント) 1981年<24歳> 小林由佳(タレント) 1981年<24歳> 谷理沙(タレント) 1984年<21歳> 上原あずみ(歌手) 1987年<18歳> 山岸里紗(俳優) |
チューウリップ花言葉:博愛、思いやり、 正直、恋の告白 ![]()
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○女性の日 ○婦人参政記念日 ○建具の日,良い戸の日 ○インテリアを考える日 ○ヨットの日 ○駅弁の日 ○四万十の日 ○瀬戸大橋開通記念日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 子供の時は勉強もスポーツもできる優等生タイプだった人が多いようです。いつもグループのリーダー的存在。ただ挫折を知らないので、壁にぶつかるともろい所もあります。 |
バイオリニスト、中西俊博誕生(1956〜)
マルチな活動を支える負けん気と好奇心 |
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| クラシック、ジャズ、ポップスと、ジャンルを超えた活動で幅広いファンに支持されているバイオリニスト、中西俊博。父親がアマチュア演奏家で、幼いころ父から「ピアノとバイオリンと、どっちがやりたい?」と聞かれ、「両方!」と答えたそうですから、好奇心の強さは人一倍だったようです。ついでに負けん気も相当なもので、子供のころ、バイオリンの練習でミスをするたびに、弓で自分の頭をたたいていたそうですが、ある日、あまりに強くたたきすぎて弓が折れてしまい、しばらくは接着剤でくっつけて弾いていたそう。後で弓を折ったことが父親にバレて「もうやめてしまえ!」としかられたそうですが、反発して意地になって猛練習に励んだということです。 そんな彼ですから、伝統的なクラシックの世界に飽きたらず、ジャズやポップスの分野に進出したのも、当然のことかもしれません。東京芸術大学在学中からスタジオやステージで活動を始め、クインシー・ジョーンズをはじめ内外のアーティストのレコーディングやコンサートに参加。ソロ・デビューは84年、アルバム『不思議な国のヴァイオリン弾き』が10万枚を越すヒットとなりました。以来、『太陽がいっぱい』『Sailing On Strings』など10枚以上のアルバムをリリースしたほか、布袋寅泰、桑田佳祐、Mr.Children、中国古箏奏者の伍芳(ウーファン)ら多くのアーティストに楽曲提供や編曲をしています。手掛けたCM音楽も100曲以上、ヨーロッパで権威ある「LONDON INTERNATIONAL ADVERTISING AWARDS」でFinalistを受賞するなど国際的注目も浴びています。演奏家としてもジャズバイオリンの巨匠ステファン・グラッペリとの共演やフランク・シナトラのコンサートマスターを務めたり、坂本龍一や井上陽水などそうそうたるアーティストのアルバム制作やコンサートに参加。また、1986年から年末恒例になっている遊◎機械/全自動シアター「ア・ラ・カルト」を始めとした舞台や、映画・テレビドラマの音楽も多数手掛けています。 マルチに精力的な活動を続ける彼の原動力は、やはり面白そうなものにはすぐに首を突っ込む好奇心と、やるからには徹底してやる負けん気の強さなのでしょう。ステージではエレキ・バイオリンにエフェクターを駆使したサウンドを追求したり、珍しい6弦エレクトリックバイオリンを使用したり、従来のバイオリニストのイメージをくつがえす中西の飽くなき挑戦は、21世紀も続いていくのです。 |
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| 4月11日 今日生まれた有名人 1937年<68歳> 加山雄三(俳優, 歌手) 1938年 猪俣公章(作曲家『港町ブルース』)[1993年歿] 1949年<56歳> 武田鉄矢(俳優, ミュージシャン(海援隊/ヴォーカル)) 1952年<53歳> おおたか静流(歌手) 1952年<53歳> しばたはつみ(歌手) 1960年<45歳> 川野太郎(俳優) 1969年<36歳> 森高千里(歌手) 1981年<24歳> 中沢純子(タレント) 1984年<21歳> 古川和彦(俳優) |
花言葉:スポーツ、遊戯 ヒヤシンス ![]()
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○メートル法公布記念日 ○ガッツポーズの日 ◎1889年 甲武鉄道・新宿〜立川(現在の中央本線)が開業 ◎1901年 官設鉄道奥羽南線・上ノ山(現在のかみのやま温泉)〜山形が延伸開業 ◎1906年 石川啄木が東京から故郷・岩手県渋民村に戻り小学校代用教員に。 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 とても垢抜けたお洒落な人。常に流行を追い、とてもセンスがいいので、美的センスがいかせる仕事をすると良いかも。 |
ロック・デュオ、ホール&オーツの「キッス・オン・マイ・リスト」がビルボード1位に(1981)
“リスト”と“リップス”を勘違いされたヒット曲?! |
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| 4月12日 今日生まれた有名人 1940年<65歳> 坪内ミキ子(俳優) 1944年<61歳> 園まり(歌手) 1948年<57歳> 金田たつえ(歌手) 1948年<57歳> 中田ボタン(漫才師(中田カウスボタン)) 1963年<42歳> 森川由加里(歌手) 1966年<39歳> 広瀬香美(歌手) 1979年<26歳> 曲山えり(タレント) 1985年<20歳> 吉澤ひとみ(歌手(モーニング娘。さくら組, プッチモニ) |
花言葉:誘惑、 乙女のはにかみ あんず ![]() 誘惑、 乙女のはにかみ
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今日生まれたあなたは・・・、
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アメリカのジャズ・ビブラフォン奏者、ライオネル・ハンプトン誕生(1909〜2002)
ビブラフォンの先駆者、そして偉大なバンドリーダー |
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| ビブラフォンという楽器を初めてジャズに使用したのが、ライオネル・ハンプトンです。もともと彼はドラマーでしたが、1920年代後半からシロフォン(木琴)をプレイした経験もあり、当時まだ珍しい楽器だったビブラフォンを、機会があれば叩いてみたいものだと思っていました。そしてその機会が訪れたのが1930年のこと。所属していたレス・ハイト楽団がルイ・アームストロングのバックを務めた際、偶然スタジオにビブラフォンがあり、ちょっと演奏してみてくれとアームストロングに頼まれたのです。 こうしてハンプトンは、ジャズ・ビブラフォンの創始者となったわけですが、彼の名声が高まったのは、それから6年後のこと。ハイト楽団を脱退し、自らのバンドを率いてロサンゼルスの「パラダイス・カフェ」で演奏していたハンプトンを、ベニー・グッドマンが彼のカルテットの正式メンバーに抜擢したのです。熱のこもったソロ演奏はベニー・グッドマンに大いに気に入られ、やがてハンプトンはスターの座を獲得します。翌1937年には、スイング・ジャズ界のそうそうたる顔ぶれを集めたオールスター・バンドを率いて定期的にレコードを出すようになり、その名声は40〜50年代に絶頂を極めました。この時代のライオネル・ハンプトン・オール・スターズによる「スターダスト」は、このスタンダード曲の究極の名演と呼ばれています。 40年には初めて自分自身のビッグ・バンドを結成し、イリノイ・ジャケ、ダイナ・ワシントン、デクスター・ゴードン、チャールズ・ミンガス、ウェス・モンゴメリーやベティ・カーターら、数え切れないほどのジャズの巨人たちを輩出。若き日のクインシー・ジョーンズもアレンジャーとして働いたそうです。その後現在まで、ビッグ・バンドの結成と解散を繰り返し、何度かは病に倒れながら、いまだジャズ界の大御所として君臨しています。 |
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| 4月13日 今日生まれた有名人 1933年<72歳> 藤田まこと(俳優) 1952年<53歳> 林家とんでん平(落語家) 1955年<50歳> 上沼恵美子(海原千里)(タレント, 漫才師(海原千里・万里[解散])) 1955年<50歳> 西城秀樹(歌手, 俳優, 「新御三家」の一人) 1958年<47歳> 萬田久子(俳優) 1964年<41歳> 藤岡太郎(俳優) 1966年<39歳> 唐木淳(歌手) 1966年<39歳> 名越美香(俳優, 歌手(おニャン子クラブ[脱退])) 1971年<34歳> つみきみほ(俳優) 1973年<32歳> 井上貴代美(タレント) 1981年<24歳> 小野寺行哉(俳優) |
花言葉:誘惑、甘い香り いちご ![]() 誘惑、甘い香り
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| 今日生まれたあなたは・・・、 才気ばしった聡明な人ですが、それを表面にだしません。カントリー派で自然が大好き。とても器用で家事やホビーなど、何でもこなせ、自分のセンスに絶対の自信をもっています。 |
「リトル・フィート」のボーカル/ギタリスト、ローウェル・ジョージ誕生(1945〜1979)
ユーモラスないでたちの“ミュージシャンズ・ミュージシャン” |
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| 1612年 宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で決闘 1655年 後西天皇の即位に伴い明暦[めいれき]に改元。1658年に萬治に改元 1808年 間宮林蔵が幕命により樺太探検に出発。樺太は島であると推定 1856年 江戸幕府が築地に、幕臣らの武術訓練を行う為の講武所を開校 1888年 東京・下谷黒門町に日本初のコーヒー専門店「可否茶館」が開店 |
| 4月14日 今日生まれた有名人 1958年<47歳> 桜田淳子(歌手, 「中三トリオ」の一人) 1960年<45歳> 菅原大吉(俳優) 1963年<42歳> 今井美樹(俳優, 歌手) 1970年<35歳> 工藤静香(歌手(おニャン子クラブ[脱退])) 1977年<28歳> 関野吉記(俳優) 1980年<25歳> 伊藤歩(俳優) 1980年<25歳> 相沢真紀(タレント) |
花言葉:節制 14日 どうたんつじ ![]() 節制
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○オレンジデー ○パートナーデー ○タイタニック号の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 こせこせした所のないおっとりした優しい人。ちょっとやそっとのことでは動じない強さもあります。浮世離れしているように見えて、ビジネスにはかなりシビアです。とってもやり手かも… |
ロック・ギタリスト、リッチー・ブラックモア誕生(1945〜)
華麗な“早弾き”と、数々の奇行で知られるアクの強いギタリスト
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| 1912年 豪華客船タイタニック号がニューファントランド島沖で氷山に衝突。翌日未明に沈没。死者1513人 |
1912年 豪華客船タイタニック号がニューファントランド島沖で氷山に衝突。翌日未明に沈没。死者1513人 1959年 浅間山が24年ぶりに大爆発 |
| 天才芸術家、レオナルド・ダ・ビンチ誕生(1452〜1519) 4月15日 1934年<71歳> 田原総一朗(評論家) 1948年<57歳> 桂米助(ヨネスケ)(落語家, タレント) 1948年<57歳> 范文雀(俳優) 1949年<56歳> 酒井和歌子(俳優) 1952年<53歳> 兵藤ゆき(タレント) 1954年<51歳> 坂崎幸之助(ミュージシャン(THE ALFEE/ギター・ヴォーカル)) 1965年<40歳> 須間一弥(タレント, 俳優) 1965年<40歳> 野口聡一(宇宙飛行士) 1966年<39歳> 高緑成治(ミュージシャン(エレファントカシマシ/ベース)) 1966年<39歳> 矢野有美(タレント) 1968年<37歳> 田中みゆき(モデル) 1974年<31歳> 芳賀ゆい(バーチャルタレント) |
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○ヘリコプターの日 ○象供養の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 無口でおとなしくひっこみ思案と思われているでしょう。外見もどちらかと言うと地味。でも、本当は目立ちたい、注目されたいはず… うちに激しさを秘めた性格です。 |
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| スノーフレーク 4月16日 花言葉:
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○チャップリンデー ○ボーイズビーアンビシャスデー ○女子マラソンの日 ○国民年金法公布記念日 |
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ネルソン・マンデラ・コンサート”がロンドンのウェンブリー・アリーナで開催(1990)
反アパルトヘイトの指導者釈放を祝ったコンサート
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| 4月17日 1935年<70歳> 畑正憲(ムツゴロウ)(動物学者, 作家) 1967年<38歳> ゴルゴ松本(お笑い芸人(T.I.M.)) 1972年<33歳> RIZCO(黒沢律子)(歌手) 1975年<30歳> 川津春(俳優) 1976年<29歳> 椎名エミ(タレント) 1982年<23歳> 林知花(俳優) 1992年<13歳> 猪瀬愛(俳優) |
ラークスパー(おおひえんそう) 花言葉:
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○ハローワークの日,職安記念日 ○恐竜の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 同姓の友達があまり多くありません。もてたいうと気持ちが強く、いつでも異性の目を気にして格好をつけてしまうから…もっとありのままの自分を出せば、友達もふえるかも。 |
スリー・ドッグ・ナイトの「喜びの世界」がビルボード1位に(1971)
カバー曲を次々にヒットさせた、70年代を代表するロック・グループ |
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| 4月18日 1956年<49歳> 宅麻伸(俳優) 1958年<47歳> 小宮悦子(キャスター, アナウンサー[元](テレビ朝日)) 1971年<34歳> 朝岡実嶺(俳優) 1973年<32歳> 戸張凌二(俳優) 1974年<31歳> 伊藤裕子(俳優) 1978年<27歳> 内川琴美(タレント) |
花言葉: 18日 アルストロメリア ![]() エキゾチック
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○発明の日,特許制度執行記念日 ○よい歯の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 ちょっと不器用で口べた。人とワイワイするよりも、1人でいる方が好き…でも、出来ればもう少し、人の輪のなかにはいっていきましょう。 |
イタリアの作曲家、オットリーノ・レスピーギ没(1879〜1936)
イタリアの栄光を歌い上げた管弦楽の名手の苦渋 |
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| 4月19日 1945年<60歳> 村野武憲(村野武範)(俳優) 1959年<46歳> 根本りつ子(俳優) 1960年<45歳> 芦川誠(俳優) 1972年<33歳> 小沢なつき(タレント) 1975年<30歳> 諸岡菜穂子(タレント) 1976年<29歳> 坂下千里子(タレント, 俳優) 1983年<22歳> 宮里真央(歌手(Buzy)) |
花言葉: 19日 いちりんそう ![]() 追憶
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1800(寛政12)年閏4月19日、伊能忠敬が蝦夷地の測量に出発しました。 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 明るく愉快なのに親友が、なかなかできません。と言うのも、親しくなっても心の内を明かさないから。秘密主義もほどほどに… |
元ロック歌手のソニー・ボーノ、市長に当選(1988)
結果と実績で物語る彼の実力 |
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| 1988年、圧倒的な支持を得て、元ロック歌手のソニー・ボーノ(1935〜1998)がアメリカ、カリフォルニア州パームスプリングの市長に当選しました。 60年代に、フォーク・ロックブームの風を受け「ベイビー・ドント・ゴー」や「アイ・ゴット・ユー・ベイブ」など数々のヒットを生んだ夫婦デュオ、ソニー&シェール。70年代にはテレビのバラエティー番組『ソニーとシェールのコメディーアワー』に出演。一躍お茶の間の人気者となりました。 コメディータッチで描かれる中に、作曲家ビリー・バーネスの曲をちりばめた大ヒット番組も数年後、ソニーとシェールの離婚により終わりを迎えます。その後、それぞれ番組を持ちますが失敗。あらためて2人で番組を始めますが人気を得ることはできませんでした。これを機に、シェールはソロ活動を始め、50歳を超えた現在も歌手として女優として活躍。98年にはシングル「ビリーブ」がナンバーワンヒットとなりました。 一方ボーノは芸能活動以外での新たな道を模索し始めます。最初の挑戦はレストラン経営でした。ハリウッドに店を構え着々と事業を進めるボーノは店舗改修計画にまつわる役所の対応に憤慨し、自ら政治の道に進むことを決意しました。「タレントあがりの政治家に何ができる?」というような声も聞かれましたが、このような声に対してソニーは一度だけこんな発言をしたことがありました。「自分は、曲も詩も書けない能無しだと思われているが、10枚ものゴールドディスクをとっている。だから、政治家としてもちゃんとやっていける。」実は、彼は名プロデューサー、フィル・スペクターの元で作編曲を学び、ソニー&シェール以前にも作曲家としてヒット曲を出しているのです。ソニーはその言葉を裏付けるように、市長として、後に国会議員として、環境問題や法律作成など市民のために全力で取り組み実績をあげていきました。このような彼の仕事振りは市民や同僚にも認められ、どのような人とも区別なく接する彼の人柄もあり、ソニーは徐々に人々の尊敬を集めるようになりました。 そんなさなかの98年1月、休暇中のスキー事故による彼の突然の死は、政治家として円熟を増し始めた時だけに多くの人に悲しみを与え、クリントン大統領からの弔辞も届きました。 |
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| 4月20日 1967年<38歳> 倉沢淳美(かなえ)(タレント, 歌手(わらべ[解散])) 1968年<37歳> 西川忠志(俳優, 西川きよしの子) 1969年<36歳> 遠藤直人(歌手, 俳優(忍者[脱退])) 1969年<36歳> 大沢樹生(俳優, 歌手(光GENJI[解散])) 1970年<35歳> 山下智美(歌手) 1971年<34歳> 坂本一生(新加瀬大周)(タレント) 1973年<32歳> 目黒大樹(俳優, 松方弘樹の子) 1974年<31歳> 鬼木達(サッカー(川崎/MF)) 1974年<31歳> 浅野友華(タレント) 1975年<30歳> 古宮理英子(タレント) 1975年<30歳> 桜井亜弓(タレント) 1978年<27歳> 黒田美礼(タレント) |
花言葉: 20日 かいどう ![]() 温和、美人の眠り
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☆穀雨[こくう] ○郵政記念日 ○青年海外協力隊の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、
変わったもののコレクターなど、一癖ある趣味を持つ人です。 |
ヤマハの創業者、山葉寅楠(やまはとらくす)誕生(1851〜1916)
壊れたオルガンと出会い、楽器国産化への情熱をもやす |
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| 山葉寅楠(やまはとらくす)は、紀州(現在の和歌山県)徳川藩士で、天文係をしていた山葉孝之助の三男として生まれました。父の仕事を見て育った彼は器具や機械類に関心をもち、また手先が器用なことから、長崎で時計づくりを学び、大阪では医療器械を手がけ、1884年頃から医療器械の修理のため浜松の病院を訪れるようになりました。1887年、ここで1台の壊れたオルガンと出会ったことが、寅楠のその後の歩みを決定することになります。 時はまさに日本の音楽教育の黎明期。1886年より小学校教育に唱歌が必須科目となったため、浜松尋常小学校にも念願のオルガンが導入されたのです。当時、洋楽の楽器は高価な輸入品しかなく、このオルガンも米一斗(約20キロ)が1円の時代に45円もした高級品でした。そのオルガンが突然鳴らなくなり、寅楠に修理の依頼が来たのです。オルガンを慎重に分解した寅楠は、すぐに故障の原因を突き止めました。しかし修理はせずに、その場でオルガンの構造を模写し始めます。早く直してくれとせかす教師に、寅楠は言いました。『これくらいのオルガンならば、自分は3円で作る自信がある。修理はするから、今しばらく私のわがままに任せてもらいたい』…寅楠は、“将来オルガンは全国の小学校に設置される。そうなれば、日本は高価な外国製品を輸入することになる。オルガンを国産化できれば国益になる”と考えたのです。
寅楠の情熱にうたれた伊沢は、授業の聴講を特別に許可し、寅楠は伊沢のもとで1ヶ月音楽理論を学び、浜松に帰って再びオルガン作りに取り組みます。そして、完成したオルガン第2号を、再び音楽取調所へ。試奏した伊沢は言いました。『うん、前回の欠点はことごとく取り除かれた。舶来に代わりうるオルガンだ』…ヤマハオルガン誕生の瞬間でした。 こうしてオルガンから始まったヤマハの楽器づくり。その後の歩みはこちらのページをごらんください。 |
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| 4月21日 1943年<62歳> 輪島功一(ボクシング) 1958年<47歳> 保積ペペ(俳優) 1959年<46歳> 畑中葉子(歌手, 俳優, コメンテーター) 1961年<44歳> 今井雅之(俳優) 1962年<43歳> 辻沢杏子(俳優) 1965年<40歳> 鷲見利恵(俳優) 1968年<37歳> 高畠尚子(タレント(おニャン子クラブ[脱退])) 1968年<37歳> 高畠真紀(タレント) 1969年<36歳> 久宝留理子(歌手) 1976年<29歳> 一宮里絵(タレント) 1978年<27歳> 西本はるか(タレント(パイレーツ[元])) |
スイートピー![]() 花言葉:門出、 デリケートな喜び、 繊細、優美
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| 今日生まれたあなたは・・・、 落ち着いた雰囲気の、 |
ビジュアル系ロックバンドのX(エックス)、メジャーデビュー(1989)
インディーズレーベル界の怪物、満を持しての登場 |
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| 4月22日 1932年<73歳> 冨田勲(シンセサイザー奏者, 作曲家) 1945年<60歳> 鰐淵晴子(俳優) 1953年<52歳> 新井春美(俳優) 1969年<36歳> 鈴木結女(歌手) 1970年<35歳> 篠原たえ子(タレント) 1973年<32歳> 川合千春(タレント, 俳優) 1973年<32歳> 本田みずほ(コメディアン) 1982年<23歳> 中武佳奈子(タレント) |
花言葉 優雅、品位、努力する 22日こでまり ![]()
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アースデー(地球の日) |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 じっくりかまえて物事を進めていく努力家です。 |
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| 4月23日 1946年<59歳> 大月みやこ(歌手) 1949年<56歳> 冠二郎(歌手) 1952年<53歳> 河島英五(シンガーソングライター)[2001年歿] 1953年<52歳> 国広富之(俳優) 1956年<49歳> 叶和貴子(俳優) 1964年<41歳> 河田貴一(お笑い芸人(BOOMER)) 1970年<35歳> 阿部サダヲ(俳優) 1972年<33歳> 古宮基成(俳優) 1973年<32歳> 設楽統(漫才師(バナナマン), 俳優) 1976年<29歳> 森山直太朗(シンガーソングライター, 森山良子の子) 1979年<26歳> 北川智子(俳優) 1982年<23歳> 黒田勇樹(俳優) 1983年<22歳> 加藤明日美(タレント) |
はなみずき
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○サンジョルディの日,世界本の日 ○世界図書・著作権デー(World Book and Copyright
Day) ○こども読書の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 品のよい ひかえめなファッションが好き。性格も同様聡明で冷静。いつでもきちんとした行動をとる理性的なタイプです。 |
アメリカのジャズ・ベーシスト、チャールズ・ミンガス誕生(1922〜1979)
怒りん坊の“チャーリー”ミンガス |
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| 4月24日 1933年<72歳> 服部公一(作曲家) 1948年<57歳> つかこうへい(劇作家, 小説家『蒲田行進曲』) 1955年<50歳> 嶋田久作(俳優) 1962年<43歳> 山咲千里(俳優) 1967年<38歳> 井上千鶴(タレント) 1967年<38歳> 古賀いずみ(ミュージシャン(カズン/ヴォーカル)) 1968年<37歳> 大鶴義丹(俳優, 作家) 1968年<37歳> 田沼徹浩(ミュージシャン(SADS[脱退]/ベース)) 1970年<35歳> 彩木美来(歌手) 1971年<34歳> 村上てつや(歌手(ゴスペラーズ)) 1971年<34歳> 田中ひろ子(田中広子)(俳優) 1971年<34歳> 矢間敬規(タレント(L.L.ブラザーズ)) 1973年<32歳> 三宅みゆき(タレント) 1977年<28歳> 小林めぐみ(俳優) 1981年<24歳> 山本梓(俳優, タレント) |
花言葉:集う むれすずめ ![]() 集い
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○植物学の日 ○日本ダービー記念日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 とても高いプライドの持ち主。 |
女優、バーブラ・ストライザンド誕生(1942〜)天が二物を与えた女性!。![]() |
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| 女優、映画監督、プロデューサーなど様々な肩書きを持ち、10回のグラミー賞、2回のアカデミー賞、その他にも多くの賞を受賞し、ショービジネスの世界で完全ともいえる成功を収めたバーブラ・ストライザンドは、アメリカのブルックリンに生まれました。 バーブラの芸能生活は、1960年、ニューヨークにある小さなクラブの歌手からはじまり、62年のミュージカル『アイ・キャン・ゲット・イット・フォー・ユー・ホールセイル』への出演が彼女のブレイクとなりました。このミュージカルで評論家達の好評を得るとともに、同名のサウンドトラックアルバムもヒット。翌年のソロデビューアルバム『ザ・バーブラ・ストライザンド・アルバム』では、グラミー賞の年間アルバム賞とベスト女性ボーカリスト賞を獲得。歌手としては「スター誕生」「追憶」などのヒット曲を持ち、エルヴィス・プレスリー、ビートルズに続く史上第3位の生涯売り上げを誇っています。 さらには、自らが舞台で演じたミュージカル『ファニー・ガール』が68年に映画化され、ヒロイン役としてデビュー。なんと、この作品で、いきなりアカデミー最優秀女優賞を獲得しました。若くして成功を手にしたバーブラですが、女優や歌手にとどまらず、新たな目標に向けて進み続けています。72年には、自らバーウッド・フィルムスという制作会社を設立。プロデューサーとして、98年に放送された銃規制をテーマにしたテレビドラマ『ザ・ロング・アイランド・インシデンツ』のように、人権、エイズ、環境、中東和平など大手制作会社では扱いにくい問題を取り上げています。 |
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| 4月25日 1922年 三浦綾子(小説家『氷点』)[1999年歿] 1946年<59歳> 十勝花子(俳優) 1952年<53歳> 鳥羽一郎(歌手) 1952年<53歳> 里見まさと(漫才師 (ザ・ぼんち, 里見まさと・亀山房代)) 1959年<46歳> RYO-J (ミュージシャン(米米クラブ[解散]/)) 1961年<44歳> 長谷部真理子(タレント) 1970年<35歳> 鶴田真由(俳優) |
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○国連記念日 ○拾得物の日 ○歩道橋の日 ○ギロチンの日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 少々ナルシストで、おしゃれ好き。愛するより、愛される事を求めてしまうわがままな面もあります。 |
ジャズ・シンガー、エラ・フィッツジェラルド誕生(1918〜1996)
官能のソプラノ〜ジャズ・ボーカルの女王 |
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| ビリー・ホリディ、サラ・ヴォーンと並び、3大女性ブルースジャズ・ボーカリストの1人として知られるエラ・フィッツジェラルドは、1917年にヴァージニア州ニューポートで生まれました。父親のいない極貧家庭に育ち、15歳で母親を亡くしてからはニューヨークでホームレス生活を送っていたという彼女の夢は、ダンサーとして成功することでした。そして34年の暮れ、彼女はニューヨークの黒人エンターテイナーの登竜門として有名な、アポロ・シアターのコンテストに出場します。もちろんダンサーとして出場するつもりだったのですが、緊張のあまり体が思うように動かず、とっさの判断で歌を歌うことに。結果的にそのコンテストでエラは見事に優勝し、歌手への道が開けたのですから、人生、何がどう転ぶか分からないものです。 38年に「ア・ティスケット、ア・タスケット」のヒットを飛ばして人気歌手の仲間入りを果たしたエラは、40年代後半の「レディ・ビー・グッド」や「アイ・ゲット・キック・アウト・オブ・ユー」といったヒットによって、その人気を不動のものにします。広い音域と澄んだ高音は「官能のソプラノ」と呼ばれ、奔放なアドリブで延々とスキャットし続ける代表曲「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」は、聴く者を虜にさせずにはいないでしょう。その後、96年に78歳でこの世を去るまで、250枚以上のアルバムに参加し、グラミー賞12回など数々の音楽賞を受賞するなど、エラ・フィッツジェエラルドはジャズ・ボーカルの女王として、半世紀以上にわたって人々に愛されたのです。 |
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| 4月26日 1949年<56歳> 風間杜夫(俳優) 1951年<54歳> 新谷かおる(漫画家『エリア88』) 1951年<54歳> 大木こだま(漫才師(こだまひびき)) 1952年<53歳> 大橋純子(歌手) 1953年<52歳> 柳家小三太(落語家) 1959年<46歳> 有栖川有栖(推理小説家) 1967年<38歳> 大村正樹(レポーター) 1969年<36歳> 加藤浩次(お笑い芸人(極楽とんぼ)) |
花言葉:謙虚、誠実 26日 えびね ![]()
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○リメンバー・チェルノブイリ・デー ○よい風呂の日 |
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| 今日生まれたあなたは・・・、 聞き上手。だれでもあなたの前では、 本音を話してしまいます。みんなから信頼されて、 ここぞと言う時の行動力は抜群、頼もしい人です。 |
フランスの映画音楽作曲家、フランシス・レイ誕生(1932〜)
盗作嫌疑で訴えられた『ある愛の詩』! |
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| 68年前の4月下旬の穏やかな春の日に、風光明媚な南フランス地中海岸のニースで生まれたフランシス・レイ。日本では映画音楽作曲家として有名ですが、元来はエディット・ピアフの伴奏をしたシャンソン・ライターでした。幼い頃からアコーディオンに親しみ、港町マルセイユでジャズの洗礼を受けたレイは、パリに上京してモンマルトルに住み込み、ピアフやイブ・モンタンらと交流を深めます。ところがある日、友人を介して新進気鋭の映画監督クロード・ルルーシュに出会ったことから、思いも寄らぬ映画の世界での活躍が始まります。『男と女』(1966)、『パリのめぐり逢い』(1967)、『白い恋人たち』(1968)……モンマルトルの洒脱な感性から紡ぎ出された音楽はたちまち世界の人々を魅了し、『ある愛の詩(うた)』(1970)では遂にアカデミー作曲賞の栄冠まで手にしたのでした。 ところがその後、同じ映画作曲家のステルビオ・チプリアーニから、『ある愛の詩』は自作『ベニスの愛』の盗作だと訴えられてしまいました。確かに両者のメロディラインは似ていますが、ムードはかなり違います(レイの方がずっとセンチメンタル)。結局、チプリアーニが『ある愛の詩』以後のレイのサウンドトラックの中からどれか1本の版権を手に入れることで和解が成立、チプリアーニは『栗色のマッドレー』を選びました。だから今でも『栗色のマッドレー』の版権はチプリアーニが持っており、サントラ盤の再発もされていません。 甘くもの悲しい『ある愛の詩』の調べも、レイ本人にはほろ苦く響いているのかも知れませんね。 |
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| 4月27日 1944年<61歳> マイク眞木(歌手, 俳優, 真木蔵人の父) 1957年<48歳> 柴俊夫(俳優) 1963年<42歳> 加藤雅也(俳優) 1974年<31歳> 原千晶(タレント) 1978年<27歳> 間下このみ(俳優, タレント, 写真家) 1978年<27歳> 木下奈緒子(タレント) 1983年<22歳> 門田こむぎ(歌手(COLOR[脱退])) 1987年<18歳> 鈴木杏(俳優) |
花言葉:優美、完全な美 27日 しらねあおい ![]()
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今日生まれたあなたは・・・、
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ポップス歌手、シーナ・イーストン誕生(1959〜)
“モダン・ガール”から、母性的な“大人のアーティスト”へ |
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| ポップ・クイーンの元祖的存在のシーナ・イーストンは、スコットランドのグラスゴーで生まれました。国立音楽演劇学院で演劇を学び、教師の資格も取得したという才媛でしたが、早くに父を亡くしたため17歳のころから家計を助けるためにパブやクラブで歌い始めました。歌手/女優のバーブラ・ストライザンドに影響されてプロを目指した彼女は、BBC放送が制作したテレビ番組で、“名もないスター志望の女の子が1年間のトレーニングの結果レコード契約を果たしデビューする”という企画のドキュメンタリーのヒロインに選ばれ、その通りに80年2月にシングル「モダン・ガール」でデビューします。当時の彼女のキャッチ・フレーズは“スター誕生! シーナはシティ・エレガンス”というものでした。 そのデビューこそ“作られたアイドル”でしたが、セカンド・シングルの「9 TO 5(モーニング・トレイン)」がアメリカでも2週連続でチャート1位に輝く大ヒットを記録。世界的なポップ・クイーンとなります。80年代初めまでは軽いポップなダンス・ナンバーが持ち味でしたが、後に活動の拠点をアメリカに移し、プリンスの手による「シュガー・ウォール」を収録した84年のアルバム『プライベート・ヘブン』のジャケットでは、大胆な胸開き衣装でセクシーな魅力を開花させ、新たなファンを獲得。プリンスとの仲が噂されたり、日本ではCMに出演するなど、話題を振りまきました。その後も89年に『ラヴァー・イン・ミー』が全米2位を記録し、91年にはミュージカル『レ・ミゼラブル』にも出演、女優としても活躍します。 そんな彼女も今では2児の母。レコーディングやツアーにも子供を連れていき、片時もそばを離れない優しいお母さんだそうです。音楽でも80年代とはまた違った大人の魅力を感じさせるアーティストとして、ファンを魅了しています。 |
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| 4月28日 1964年<41歳> 麻生詩織(歌手) 1965年<40歳> 竹本孝之(俳優) 1966年<39歳> 宮地雅子(俳優) 1968年<37歳> 生稲晃子(歌手, 俳優(おニャン子クラブ[脱退])) 1972年<33歳> 松下里美(歌手) 1974年<31歳> 鈴木奈穂(タレント) |
花言葉:豊饒、幸せな家庭 28日えにしだ ![]()
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○サンフランシスコ講和記念日 ○缶ジュース発売記念日 |
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今日生まれたあなたは・・・、
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フランスの作曲家、オリヴィエ・メシアン没(1908〜1992)
色彩と禁欲と官能の現代作曲家 |
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| 皆さんの中には「現代音楽」と言うと、「わけが分からない」「理屈ばかりで楽しくない」などの先入観を持たれている方もいるのでは? でも、食わず嫌いはいけません。ときには同時代の作曲家の音楽にも耳を傾けてみましょう。例えば、オリヴィエ・メシアンの作品群はいかがでしょうか。彼の作品も、通常の調性やハーモニー、リズムを捨て去った、いわゆる「現代音楽」「前衛音楽」であることに違いはありません。にも関わらず、その作品は神秘的な中にも独特の色や香りが漂い、鳥の声を通じた自然との交流も感じられます。いわば「知」と「情」のバランスがとれた現代音楽作曲家−−それがメシアンです。 メシアンはドビュッシーの強い影響からスタートして、独特の音階・ハーモニー、それにリズム周期を持つ個性的な作風に到達します。この時期の作品は、「世の終わりのための四重奏曲」「嬰児イエスに注ぐ20の眼差し」など、カトリック神秘主義に支配されています。しかし第2次大戦後はがらりと作風を変え、官能的・肉感的で異教的ですらある大作「トゥーランガリラ交響曲」を発表しました。この背後には女流名ピアニスト、イヴォンヌ・ロリオとの不倫の恋があるともいわれています。カトリック信仰と恋愛感情に引き裂かれた苦悩から生まれたこの作品は、極彩色でむせ返るような愛の歓喜に満ちています。一方では、精緻な前衛音楽理論をとことんまで追求したピアノ曲「音価と強度のモード」を発表して、現代音楽界に衝撃を与えました。 その後メシアンは鳥の鳴き声を音楽的に採譜することに没頭し、来日の際もせっせと日本の鳥の歌声を集め、ピアノと楽器群のための「七つの俳諧」に仕上げています。晩年にはカトリシズム、官能性、そして鳥の声を総合した作品を書き、前衛的ながらもうっとりするほど美しい響きを残しながら、1992年の今日、天に昇ったのでした。 |
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| 4月29日 不純なこと、だらしない事が許せません。潔癖症で何事も秩序だっている事を好みます。少々、頑固な点が玉にキズ… |
花言葉:
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1901年 昭和天皇(迪宮裕仁親王)(天皇(124代))[1989年歿] 1930年<75歳> 岸田今日子(俳優) 1934年<71歳> 宝田明(俳優) 1935年<70歳> 仰木彬(野球(西鉄/内野手[元], 近鉄・オリックス/監督[元])) 1955年<50歳> 田中裕子(俳優) 1960年<45歳> 和由布子(俳優) 1972年<33歳> 相川恵里(タレント) 1975年<30歳> 室町まい(タレント) 1977年<28歳> 一色紗英(俳優) |
ベルギーのハーモニカ奏者、トゥーツ・シールマンス誕生(1922〜)
ジャズ・ハーモニカの創始者にして第一人者 |
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| ブルースやロックではなじみの深い楽器のハーモニカ。ジャズの世界でも、とびきりの名人がいることをご存じですか。ジャズ・ハーモニカの創始者にして第一人者、それがトゥーツ・シールマンスです。ヨーロッパのジャズ先進国として知られるベルギーのブリュッセルで生まれた彼は、3歳からアコーディオンを弾き始め、17歳でハーモニカを吹き始めました。当時、ヨーロッパの生んだ最大のジャズマンと呼ばれるギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの影響でギターもマスターしており、20歳の時に肺を患ったこともあって最初はギタリストとしてスタートしました。 第二次大戦中、ドイツに代わって進駐してきたアメリカ兵と仲良くなったシールマンスは、ビバップ・スタイルを巧みに取り入れたギターでヨーロッパ各地の進駐軍クラブで演奏し、1947年にはじめてアメリカを訪れます。49年にはパリ・ジャズ・フェスティバルでチャーリー・パーカーと共演した後、ベニー・グッドマン・セクステットとともにヨーロッパを回り、その51年にアメリカへ移住します。この頃からハーモニカも積極的に演奏しはじめ、53年から59年にかけてはジョージ・シアリング・カルテットでギターとハーモニカの両刀使いとして活躍。フリーになった61年に初の大ヒットとなる「ブルーゼット」をリリースしてからは、ポップス界や映画界からもひっぱりだこに。69年の映画『真夜中のカウボーイ』や78年の『ウィズ』で絶妙のハーモニカ・ソロを聴かせました。また全世界で愛されているテレビの子供番組『セサミ・ストリート』のテーマを作曲・演奏していることをご存じの方も多いことでしょう。 大御所クインシー・ジョーンズからも「作品になにか足りないと感じたらトゥーツを呼ぶことにしている」と言われるほど絶大な信頼が寄せられているシールマンス。81年に脳卒中で倒れ、一時は再起が危ぶまれましたが、80年代後半には演奏活動を再開。90年代の『ブラジル・プロジェクト』シリーズでは、ブラジルのトップ・ミュージシャンたちを相手に見事な演奏を披露。ジャンルや国境を越えて、ハーモニカの新たな可能性を追求する姿は、孤高の名人と呼ぶにふさわしいアーティストです。 |
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| 4月30日 1930年 戸浦六宏(俳優『沈黙』)[1993年歿] 1951年<54歳> 水島敏雄(タレント(コントSOS)) 1953年<52歳> Mr.オクレ(タレント) 1957年<48歳> 日向薫(俳優) 1959年<46歳> 沖直美(俳優) 1967年<38歳> 井上彩名(俳優) 1972年<33歳> 常盤貴子(俳優) |
ネモフィラ(るりからくさ)
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| 今日生まれたあなたは・・・、 財産や社会的な地位で人を判断する、スノッブな面があります。ぜいたく好きで、恋人に対しては少々わがまま。女性は甘え上手です。 |
アメリカのカントリー歌手、
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| カントリー・ミュージックの生き神様といわれる、テキサス出身のウィリー・ネルソン。幼いころ両親が離婚して祖父母に育てられ、ギターの手ほどきも祖父から受けて7歳ですでに曲を書き始めました。兵役の後、21歳でラジオ局のDJをはじめ、夜はクラブで歌う生活を続けます。そんなある日、わずか50ドルで他人に譲った自作の曲がレコード化されヒットを記録したことから、自分でレコードを出そうと決意。61年にカントリー・ミュージックの聖地ナッシュビルに移り住み勝負に出ます。しかし彼の鼻にかかった声、ジャジィな歌い方を認めてくれるレコード会社はあまりなく、しばらくはソングライターとして活動。62年にようやくデビューにこぎつけたものの、ほとんど売れずに私生活でも破産。さらに離婚、家が火事で全焼するなど、さんざんのうちに60年代が過ぎていきました。 しかし72年、テキサスに戻ったネルソンのリベンジが始まります。レオン・ラッセル、クリス・クリストファーソンらと“プログレッシブ・カントリー”を標榜し、ナッシュビルの旧来のカントリー勢との対決姿勢を打ち出したのです。これが十年一日のカントリー曲に飽き飽きしていたファンはもちろん、ロック上がりの若いリスナーをも巻き込んだブームとなり、ついに75年、アルバム『赤毛のよそもの』から「雨の別離」が大ヒット。グラミー賞の最優秀カントリー男性歌手賞を受賞し、スターとして認知されるに至ったのです。 80年代初めからは俳優としても活躍しながら、ポピュラー、ジャズ、カウボーイ・ソング、ホンキートンク、ロックン・ロール、フォーク、ブルースなど、幅広いジャンルの音楽を取り入れつつ個性的な音楽を制作。ベスト盤を含めると現在まで200枚を軽く超えるアルバムをリリースしており、まさにカントリーの生ける伝説となっているのです。 |
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